かなり悪いオヤジ

夜明けのすべてのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
3.4
男同士の肉体関係を伴わない友情物語を“ブロマンス”というらしいが、それが男女となるとなんて呼んでいいのやら見当もつかない。松村北斗演じる山添くんと上白石萌音演じる藤沢さんの関係は、精神障害を共通項とする“やみ仲間”、サイコフレンズとでも呼べばいいのか。両者の間には最後の最後まで恋愛感情が“れ”の字も介在しない不思議な作品なのである。三宅唱監督曰く瀬尾まいこの原作小説を読んでいたく感動し映画化に踏み切ったらしく、前作『ケイコ 目を澄ませて』に続き“障害者”を主人公にした物語だ。

藤沢さんは、PMS(月経前症候群)というあまり聞きなれない精神障害を患っている。会社の上司に簡単なコピーを頼まれて逆ギレする藤沢さんのしゃべり方が、当社にいるヤバいオバサンがキレた時にそっくりなのには驚いた。パニック障害の山添くんは、人混みが苦手で電車やバスにのることもできないため、藤沢さんにチャリ通をすすめられる。そういえばこの連日の猛暑にも関わらず、わざわざ遠くからチャリ通している病んだオヤジがいたなぁ。

何を云いたいのかというと、藤沢さんや山添くんが勤めている栗田光学に限らずとも、日本の会社では日常的に、精神障害を患った社員が健常者に混ざって既にたくさん働いているのである。昨今のダイバーシティインクルージョンの影響からか、上司や同僚がそういった問題社員に厳しく接するとパワハラで一発退場。ゆえに腫れ物にでもさわるように丁重に扱わざるをえない。しかも、行政からはノルマが(特に大会社には)厳格に規定されているため障害者を一定数雇わざるをえないのだ。健常者は障害者の分まで2倍働かなければならない、おかしな時代になってきているのである。

光石研のような緩ーい社長では会社が利益をあげることは難しいわけで、ここもと“特例子会社”制度を設けている会社が大変増えているらしい。本社で病んでしまった社員を特例子会社で雇ってもノルマとしてカウントできる大変便利な制度。要するに社会福祉民営化の一方便なのである。藤沢さんが勝手に転職を決めても文句一つ言わない社長や同僚を見て私は大変不思議な感じがしたのだか、この栗田光学はおそらく(山添くんの彼女が勤めている)親会社の特例子会社だったのではあるまいか。

映画の中でホワイトボードのある別室をとらえた意味深なショットによって、栗田光学自体が社会から切り離された隔離病棟であることを、三宅唱は暗示しようとしたのであはあるまいか。三宅監督はさらに、発作が起きてどうしようもなく気分が落ち込んだ状態を“夜”にたとえ、夜明け(病気回復)前の夜が最も暗いことをわれわれ観客に伝えようとしていた。地球のミソスリ運動によっていずれ北極星がこと座のベガに入れ替わるのだから、藤沢さんや山添くんの病気も将来治る日が必ずやって来るっていわれてもねぇ。その前に南海トラフかなんかで日本なんか簡単に逝っちゃうんじゃないかと。

私自身心療内科のお世話になったことがないので、お二人の病気にはご同情申し上げるが、真の意味で理解することはやはり難しいのである。だから、病んだ人は病んだ人同士で寄り添い助け合う特例子会社の基本方針や、この映画の趣旨には大いに賛同するのである。健常者のなかに障害者が混ざってノーマライゼーションを無理繰り推し進めるのか、それとも障害者は障害者として隔離しその中で出来る範囲のことをストレスなくしていただくのか。結果的には後者の方が健常者にとっても優しいシステムだと思うのだが、どうでしょう。