NHK朝ドラ『カムカムエヴリバディ』再放送の盛り上がりにことよせ、見逃したまま放置してあった三宅唱監督『夜明けのすべて』を配信鑑賞。『ケイコ 目を澄ませて』に続いて、本作で今年の映画賞席巻と評判の高い一本について今更ながらのレビューは気が引けるが、鑑賞記録も大事、というスタンスでひと言。
瀬尾まいこの原作が2020年に「水鈴社」という小規模ながら志高い出版社から上梓されたとき、本屋大賞受賞後第一作をここから出すんだ、との驚きが大きく、おまけに書店で手にとると帯に「知ってる?夜明けの直前が、一番暗いって。」とあって、シェイクスピアの名高い一節をどう踏まえたんだろう、との興味で一気読みして、これはすぐに映画化だなと思っていた。結局、小説には『マクベス』の本歌取りめいた箇所は見当たらず、帯は「水声社」らしい教養高い販促だったのかも知れないのだが、映画化にあたり三宅唱監督は、この惹句を巧みに活かして、主人公の2人が出会う場所をプラネタリウムの出張上映を行う光学機器メーカーと設定した。これにより、光学機器会社社長の弟の死というトラウマが、それぞれの内面と苦悶、格闘する主人公ふたりの物語全体の通奏低音となって、ラストで原作帯の美しい一文が回収される結構となっている。
上白石萌音と松村北斗の共演は、観る者に朝ドラのふたりの有り様と優しく連動感もたらし物語の説得力を深めている。近年、寛容、共振がますます人々から縁遠くなりつつある中、作品に描かれる日常は、必ずしもリアルとは言い難いが、それ故にこそ、登場人物ほぼ全員の優しさにより目指すべき理想型として、深く心揺さぶられる仕上がりとなっている。劇伴も静謐感あふれ、エンドロールに至るまで心地よく温かに鑑賞できる。原作超えの佳品である