Kuuta

AIR/エアのKuutaのレビュー・感想・評価

AIR/エア(2023年製作の映画)
3.8
良質なお仕事映画でした。コミュニケーションで現実の壁を突き破り、作り手は死んでも魂を未来に残す。職人の準備に支えられた演技が世界を変える、すなわち映画を撮ることと、過去の仕事人の矜持を重ねる手法は、やはり「アルゴ」を監督したベン・アフレックのものだ。ビデオが歴史を変えた80年代、「映像のもたらす幸福と混沌」というテーマがうっすら流れているようにも感じた。

スポーツに重ねて理想のアメリカを描く古典的なアメリカ映画とも言えるが、我々は今作がほぼ省略するマイケルジョーダンのデビュー後の酸いも甘いも、アメリカのその後の凋落も知っている。「走り続けること」こそが健康である、そんなアメリカの精神は、とっくの昔にへし折られている。

しかしながら、マット・デイモン演じる腹の出た中年が、決定的な交渉結果を伝えに向かうクライマックス、その早足を、スニーカーではない履き古された革靴を、カメラはきっちりと捉えている。そこには確かに運動への渇望と喜びがある。ジョーダン一家へのプレゼンシーン、セリフのない一瞬の目線の交わりと、畳み掛けるような会話との緩急はスポーツのように小気味良い。

今作はアメリカが運動を取り戻す「中年の再出発」映画なのだ、そう思って見ていたら、マット・デイモンが靴を履き替え、走りだそうとするエピローグ。小さなオチに笑いつつも、程よく成熟し、力の抜けたスタンスが現れているようにも思う。やはりもう、80年代のマッチョイズムとは離れた場所にアメリカはいるのだろう。77点。
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