レバノンの首都ベイルートの廃棄物汚染やそれに伴う混乱から逃れて、山間の理想郷で新たな自給自足生活を始めた一家が、ごみ埋立地の建設によって再び困難に直面し、家族の絆と理想のはざまに揺れる姿を描いた、ムニア・アクル監督のドラマ映画。

明示的には描かれていないがこの映画の背景にあるのは、2015年にベイルートを中心に実際に発生した深刻な廃棄物処理危機。それまで使用されていたごみ埋立地が満杯になって閉鎖されたが、政府は迅速な対応を怠ったため、市内の至るところに未処理のごみが山積みになり、悪臭・害虫・衛生問題が深刻化した。そして政府の機能不全の原因には、汚職や宗派間の対立などがある。本映画の主人公である夫婦はベイルートで反政府デモなどの活動を行っていたが、二人の娘も生まれ、母親も呼吸器疾患を患っていることから、ベイルートを離れ、環境の良い田舎での生活を送っている。しかし、現在の住居のすぐ近くにごみ埋立地が建設されることになり、今までのような暮らしが出来なくなったことで、家族の各人の意見・考えの相違が顕在化されていく。

家族が直面する葛藤や個々人の心情を繊細かつリアルに描き出すことで、レバノンが抱える社会問題を静かに浮かび上がらせる手法が見事である。安易な解決に逃げず、観る者に余韻を残す結末も個人的にとても好み。夜のシーンも含めて映像美も素晴らしく、夜を美しく撮った映画に駄作なしという私の持論を再確認させてくれる。さらに、思春期の少女の異性への目覚めまでも織り込んだ脚本の完成度も高い。夫婦を演じたナディーン・ラバキーとサレ・バクリの演技も説得力があり、作品に深みを与えている。

・本作の最初の企画会議が行われた直後に起こったのが、2020年8月のベイルート港爆発事故である。撮影準備は一時完全に停止されたが、それでも約2ヶ月後に再始動し、最終的に本作を完成にまで導いたという事実自体が、レバノン映画界の驚異的なレジリエンスを象徴している。

・映画のタイトルである Costa Brava はレバノン近郊のビーチの名称であり、2016年には大規模なゴミ埋め立て地が建設された。

映画のストーリーもいいけど制作中の文脈が凄まじい。「Dancing on the Edge of Volcano」と合わせて観てほしい。