おぎやはぎの矢作とPUNPEEを足して2で割ったようなメガネ面の何だか冴えない主人公が、僻地に住む美女5人から次々に求愛される物語ということで宜しいか?香港版『モテキ』とも呼ぶべき物語は、冴えないのび太君がどういうわけかしずかちゃんにモテるのだけど、IT企業に勤める主人公の開発したアプリが彼の世界線を地で行くアーキテクチャーになっているところが面白い。28歳のITオタク・ハウ(カーキ・サム)は、温厚で内向的な性格。そんな彼にある日突然、モテ期が到来する。それぞれ個性の異なる5人の魅力的な女性と知り合うチャンスを得たのだ。都市から郊外へ。ナンバー・プレートになぜかジュード・ローと書かれたBMWで主人公は動くのだが、アモス・ウィーは単なる恋愛物語に都市から郊外へというフィジカルな応答を持って来ている辺りが新鮮で楽しい。『新世代香港映画特集2023』のもう1本である『私のプリンス・エドワード』では、プリンス・エドワード地区にある金都商場(ゴールデンプラザ)という富裕層が行き交う経済圏の物語で、都市の映画と呼んでも良いはずだ。実際に『私のプリンス・エドワード』では職場からそう遠くない所に2人は居を構えているのだが、その部屋は随分と手狭で2人で住むには随分と息苦しい。今作で5人のヒロインのうちの1人が「私はプリンス・エドワードには住みたくない」とぽろっと本音を話す場面があるが、都市化と急速なインフレが進む香港では郊外に住みたいと思う女性が多いのかもしれない。
とはいえ映画は単なるラブ・コメディでそれ以上でも以下でもない。編集も凡庸で何だかドラマ的でダイジェストのような繋ぎは根本的に映画を理解しているようには思えない。然しながら今作には都市部の急速な地価の高騰や交通インフラの課題など、現代的な課題が東京だけではなく香港でも起きていることが大変興味深い。『パラサイト 半地下の家族』以降のアジア映画はある種、住居の設定が登場人物の背景を規定すると思った方がいい。九龍地区のチャゴレンに住む主人公は5人の女性に求愛されるのだけど、その度に土地勘もなく、あまりにも方向性が違い過ぎて戸惑う。然しながら5人の女性の本音に主人公が触れる様子は風光明媚な風景と相まって非常に心地が良い。同じようなことをフランスのパリやイタリアのローマ、アメリカのニューヨークのような私の土地勘のある場所でやってくれていれば勝手がわかるのだが、香港には一度も行ったことがなく地理を把握出来ていない者にとってはいかんせん難し過ぎる。製作は2021年なんだろうが、ハウの作ったアプリというのがGoogle MapにSiriとTappleを足したような牧歌的な世界線で、もう少しガッツリとお金を投入すれば、本気で香港全土を牛耳れる気がする。クリスタル・チョン 、シシリア・ソー、レイチェル・リョン 、ハンナ・チャン 、ジェニファー・ユーという香港若手女優の競演には今作が地理的にも俳優的にも国際マーケット用にコーディネートされたものなのだろうが、映画そのものも香港観光映画としてあくまでも顔見せに留まってしまうのが残念である。