「女として生を受け、男ではない」と言えたあの日から、蝶衣は芝居と現実の区別がつかなくなっていく。女郎である母親に捨てられ、京劇の女形として生き、小楼に想いを馳せる。芝居では覇王を演じる小楼を愛する虞姫でいられるけれど、現実はそうではない。小楼の愛しい人にはなれない。芝居も現実も一緒になっていた蝶衣と反して、小楼はそうではない。最後の、自分の身可愛さに小楼と菊仙を差し出した姿は覇王なんかではない。その姿に失望しながらも、最後まで覇王に尽くす虞姫を演じ続けた蝶衣は、覇王別姫に自分の愛を託し、すべてを終わらせた。京劇を生き、京劇に死んでいった蝶衣が悲しくも美しい。
蝶衣と菊仙は覇王を演じる同じ男を愛するライバルであり、憎み合いながらも一番理解しあっていた気がした。覇王別姫を見た時から京劇に心奪われた蝶衣と同じように、菊仙もまた、覇王を演じる小楼を見て共に生きることを決めたのだから。京劇に魅せられ、京劇の世界で生きた孤独な蝶衣の心に寄り添っていたのは小楼ではなく、菊仙。終盤の炎越しに見つめ合う2人の美しさ。