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ミッシングのdeenityのレビュー・感想・評価

ミッシング(2024年製作の映画)
4.5
吉田恵輔最新作ならば劇場に行かねば、ということで、激動の年度始めも少し落ち着きが見えてきたのもあって久しぶりの劇場鑑賞です。

吉田恵輔作品で個人的に一番刺さった作品が『空白』で、監督自身『空白』から着想を得たことを公言していますので、そりゃかなりの期待値で見に行ったわけです。
本作でテーマとしているのは、巷では「マスゴミ」と揶揄されるテレビやネットなどの情報メディアであり、たしかに『空白』でもそこに疑問視を投げかけるような演出がありましたが、本作はそれが中心にあります。

もちろん本作で圧倒的に存在感を放っていたのは行方不明になってしまった娘の母親を演じる石原さとみでしょうが、あえて中村倫也演じるジャーナリストの砂田の視点からレビューしていこうと思いますので、以降ネタバレ注意してください。


砂田は正直記者としてはやっていけないといいますか、性に合わないんでしょうね。元々見本になるような先輩ではあるわけで、無能とかそういうことではないのですが、でも人としての尊厳と向き合ってる感じはしますよね。

「報道は真実を伝えるのが大事」と語っていた砂田ではありましたが、それを報道するに至るまでに当然多くの人間の思考が介入するわけで、たとえば記者がそれを面白がったり、局が視聴率を上げるために淘汰したり、自分たちがやってることの正しさが問われるわけですよね。

何なら発信するメディアだけに限らず、次のフィルターとしては受け取る側の匿名の大多数がそこにはいるわけで、その一人ひとりがどう受け取るかは十人十色。とはいえ途中でセリフとしてもありましたが、そもそもビックニュースに視聴率が集まること自体、「その事実が面白いから」であり、人間の本質の醜さみたいなものを感じずにはいられませんでした。

だからこそ砂田は自分自分が真実をありのまま伝えるのではなく、ここは使わないでほしいとか、ここは映さないように、なんて記者としてはあるまじき言動をとってしまうわけです。

実際カメラマンとかはどのように映るかってことを画としての取れ高を気にしますし、映し方にもこだわります。
象徴的なシーンとして、美羽ちゃんの誕生日のくだりがありましたね。本当の誕生日当日は都合がつかない、だけど誕生日のシーンは画として力があるから前倒しで撮ってしまう。それを強く主張したのは母親でしたからね。父親はそれはおかしいんじゃないかと疑問を抱いていましたね。それは当然です。本来誕生日を祝うという行為は美羽ちゃんを思っての行為であるはず。カメラに収められるためのパフォーマンスではないですからね。

確かに父親の言ってることはわかります。でも、それぐらいのことなら別にいいんじゃない?って思ってしまう自分もいて、でもそもそもそれって事実とは違う当たり前の情報操作みたいなものを普通の感覚として行ってしまってるわけであって、今の時代、メディアだけに限らず、個人として情報発信が手軽になっている今だからこそ、情報を鵜呑みにしないことっていうのが求められると思うわけです。

と同時に、自分が情報発信者ともなり得る自覚を持つ必要性も求められます。SNS然り、掲示板然り、何ならこのFilmarksだって一つの情報発信にもなっているわけで、それによって誰かを傷つけるリスクがあることは想像できていなかったでは済まされない。匿名性が保たれて、面白半分で誰かを攻撃したり、何なら便所の落書きくらいな気持ちで吐き出しただけだったりするかもしれない。
それでも砂田が言うように、「考え過ぎなくらい考えましょうよ」ということが求められる時代だと思うのです。
あの天国から地獄に叩きつけられたような、警察署での石原さとみを見て、心を締め付けられなかった人なんていないでしょう。こういう時代だからこそ向き合うべきテーマの作品だと思いました。

しかし石原さとみの演技、素晴らしかったですね。チャームポイントである唇然り、ボサボサの髪も然り、役作りの本気度が伺えましたし鬼気迫る演技だったと思います。
青木さんも良かったですが、弟を演じた森優作さんとかも良かったですね。まじで前半はイライラさせられましたが、後半の車中のシーンは本作2度目の感涙ポイントでした。

それにしても個人的にしんどかったのは、あの母親と父親がどう考えても自分たち夫婦にしか思えませんでした。自分に負い目があるからこそ感情的になってしまう母親と、一歩引いた目で冷静に見てしまう父親。
「温度が違う」と作中でも言っていましたが、互いに同じ思いでも何度これが原因で衝突したことか。
もちろん中身はここまでの状況ではありませんが、同じくらいの子どもがいる点も重なりますし、そういう意味でもこの作品で描いていることが他人事とは思えませんでした。
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