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ぼくたちの哲学教室のSPNminacoのレビュー・感想・評価

ぼくたちの哲学教室(2021年製作の映画)
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哲学、思考、対話、筋トレ、喧嘩、アイルランドお馴染み(と、よくネタにされる)親族喧嘩、時々エルヴィス。
哲学とかそもそも学問って思考というロープを解きほぐして解きほぐして解きほぐして、また1本ずつ新たに(或いは同じように)結わえて別のロープを作ることなんだろうなあ、なんて思った。「思索の壁」にあるあの図、とてもわかりやすい。
ベルファストのカトリック系公立男子小学校では、哲学の授業がとても実践的、実用的となる。子どもには昔話でも紛争はごく身近な体験としてあり、今も様々な危険が子どもたちを脅かしているから。対立や暴力やドラッグが日常にある街で、生徒同士のトラブルはしょっちゅうだし、何度も繰り返すし、若くして亡くなってしまう卒業生も珍しくない。「男なら殴られたらやり返せ」と大人に言われるまま放っておいたら、どうなるかは目に見えてる。だからDon't Look Back in Anger。生徒たちは現実をサヴァイヴするために哲学を学ぶ。
教えるケヴィン・マカリーヴィー校長もかつて荒廃した人生からのサヴァイバリスト。マカリーヴィー校長は哲学問答に解決を求めない、それぞれの意見を引き出して聞く。親御さんはつい口を挟みたくなるものだけど、先生たちは子どもが何とかして言葉にするのを助ける。哲学の授業は生徒が精一杯考えて、気持ちを伝えて、疑問を投げかけてまた考える機会を与える。不安でもいい、泣いてもいい、弱くてもいい、意見が合わなくてもいい、でも「どんな些細なことでも言葉にするのが大事」。その経験が未来への勇気になってほしい、ここで負の連鎖を止めなければとの切実な思いがよくわかる。
小さくてプニプニして、フワフワ落ち着きない生徒にはミニ・ウェイン・ルーニー(またはギャラガー兄弟)みたいな子がいっぱいいて、メモりたくなる言葉もいっぱい。何度ももらい泣きしてしまった。
何より、マカリーヴィー校長のキャラクターが濃い。地下室のジムで鍛えたマッチョなスキンヘッド、こよなく愛するエルヴィスのグッズだらけでアラームやしばしば鳴る携帯の着信音も当然エルヴィス!何せのっけから“If I Can Dream”ですもん、泣くよそりゃ。映画の始まりと終わりが円環するように、この困難な世界で理想を謳うことを諦めない姿勢がそこに。
辛い時には「目を閉じて好きな世界へ行く」例として、校長先生自身はグレイスランドを(もちろん!)挙げるのだが、青い柵で囲まれた学校は小さなセーフゾーン(爆弾テロ真っ只中の女生徒は命がけで通っていた)。校内あちこちに貼り出された哲学者の言葉は、まるで子どもを守る護符のようだった。今目に入るものがどんなに暴力的で有害でも、小さな哲学者たちは思索によっていつでもそこへ行ける。哲学は黄色いレンガ道なのだ。みんなの心にグレイスランドを!
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