あんず

キリエのうたのあんずのネタバレレビュー・内容・結末

キリエのうた(2023年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

3時間、あらゆる業がてんこ盛りの映画。
 中でも音楽に救われた経験がある人なら分かる映画だと思う。キリスト教の家庭で育って、津波で家族を亡くし言葉を失っても、音楽を糧に生き延びてきたヒロインというのは想像に難くない設定。津波の直前で自分を見つけてくれた姉キリエの名前をアーティスト名に全国を旅しながら、路上ライブをする。自分の救いのためにも、姉を探すためにも歌っているのだ。有名なレーベルと繋がろうとしないのも、純粋に音楽が好きなだけだから。その気持ちはよく分かるが、”このままでずっといられない"という根岸の言葉が響く。
 イッコの結婚詐欺でなんとかその日を生きていく在り方も先が見えないもの。真緒里時代に彼女は自分の親たちを反面教師に東京の大学に行きたいと言っている。しかし真緒里の名前を捨て、結局親たちと同じ生き方をする。親を見て育った彼女にはそうゆう生き方しかできないのだろうし、母のパトロンが逃げて進学が出来なくなったことから男性不信が形成され、何人もの男たちと関係を持つことになる流れも理解できる。未来なんて見えないけど今をただ生きる、というのは映画のメッセージかもしれないが、その代償に彼女は命を落とす。広瀬すずの透明感溢れる高校生っぷりには驚いた。
 夏彦は姉キリエへの贖罪に生きる人に見えた。周囲から過度に期待を背負い、医学部受験に臨んでいたプレッシャーから逃れたかった気持ちは理解できるが、姉キリエの生命の危機がある場面でも自分の体面を守ることがよぎり煮え切らない態度をとったことが印象的。松村北斗が見せた苦しそうな表情に罪を犯した人はずっと罪人でいなければいけないのか…?と考えされられた。路花の音楽でもっと救われるシーンが描かれていても良かったように思う。
 彼らの活動には何かと行政が絡む。本当に路上ライブは戦いだし、血縁を超えた人間関係は存在するだろう。生きづらい世の中でも、行政と上手く折り合いをつけながらアーティストが活動する道を映画の最後に示して欲しかったように思う。その道の方がよほど険しいと思うから。あと、お姉さんの方のキリエは別の役者で良かったのではないか…アーティスト・キリエと物語の筋で混ざってしまうし、大人の路花と夏彦の絡みも別の意味を感じてしまう。何より、姉キリエの時にアイナ・ジ・エンドが表現した艶めかしい女性像が映画世界の中で違和感があった。監督として同じ役者に演じさせることに深い意味があったのかもしれないが、個人的にはその部分が気になった。
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