品川巻

PERFECT DAYSの品川巻のレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
私の大好きなヴィム・ヴェンダースが、私の大好きな役所広司を撮った奇跡みたいな作品を、ニューヨークフィルムフェスティバルで観ることができた。
まず異国の映画祭で地元が映し出されたことが嬉しくて泣けてきてしまって、その後も映画館のバルコニーから出てきた役所広司本人への拍手喝采を目の当たりにし、すべてがあたたかくて涙が止まらなかった。

大勢のアメリカ人と映画館で邦画を観るという経験は初めてだった上に、今作は日本の下町が舞台で緩急も少ない作品だったので、アメリカ人たちがどういう視点と姿勢で観るのか一層気になっていた。

まず、日本人だったらクスリと笑うようなところを、アメリカ人はゲラゲラと笑うので気持ちがいい。
ただ、観続けているうちに、アメリカ人に何がウケているのか、そして何が笑われているのかが、徐々に分かっていくのが不思議な感覚だった。

恐らくアメリカ人にとって"アジアの映画"に洋楽や英米文学が登場することが奇妙なようで、バーのママ役・石川さゆりが歌う演歌の歌詞に海外の地名が出てくるシーンや、役所広司が読んでいた海外文学が映るシーンでは少しだけ笑いが起きていた。(本来、笑うところではない)

あと、ひょうきんなキャラクター(特に柄本時生)やセリフのユーモアに笑っている人もいたが、爆発力という意味では、俳優たちの人間味のあるかわいらしい動作(照れや興奮を表出する時)に対する純粋な笑いが1番大きかった印象を受けた。

その一方で、古本屋や浅草地下商店街が映るシーンは、周りのアメリカ人たちは一笑もせず、前のめりで画面に釘付けになっていた。ルー・リード、ヴァン・モリソン、アニマルズ、パティ・スミスが流れた時にフフフと笑っていた人々も、日本の曲(金延幸子「青い魚」)には聞き入っていた。一昔前の英語の曲が、アジアの映画で使われてるって、現地の人からすると違和感があるのかな。
(日本で言い換えると、かぐや姫や北島三郎の曲が洋画で使われてる、みたいな??)

今作の主人公の苗字が"平山"(小津監督作品で頻繁に使用されたもの)だったり、過去に笠智衆主演で『東京画』を制作したこともあったり、きちんと形にして日本や小津監督へのリスペクトを表しているヴィム。
舞台挨拶に登壇していた、共同脚本執筆の高崎氏によると、「日本人が見てもおかしいと思うところがないような映画を作りたい」と何度も話し合いを重ね、ネイティブの日本人が見ても不自然な箇所のない作品にすることを心がけた、とのことだった。そして平山の笑いや怒りを脚本よりも強調することで、より身近にいそうな人物として描くように試みたという。

また物語とは無関係の、数秒のモノクロ映像が時たま挿入されていて、『他人の顔』勅使河原監督作品にも通ずるような無機質な近未来感を感じたが、平山が送る平凡な毎日の中での、(プラス/マイナスにかかわらず)何かしらの"揺らぎ"を象徴しているようにも思えた。
そして肝心なラストは、「ここで終わって欲しい」と願ったシーンで、私の大好きな曲とともに期待通り幕を閉じてくれる。

ヴィムは、日本の公衆トイレを「平穏と高貴さをあわせ持つ、ささやかで神聖な場所」とみなし、今作に取り掛かった。
"公衆トイレを掃除する"という繰り返しの毎日の中でも、公園で浴びる木漏れ日が日々変わるように常にささいな変化に喜びを見出す平山は、幸せで精神的に健康でいるために本当に必要なものがいかに少ないかについて、前向きなミニマリズムを静かに提唱し、観る者たちに寄り添ってくれる。

そんな温かい映画だった。

※今作は"映画体験"という意味でどうしても満点以外を付けられず、もしかするとかなり偏向的な評価になってしまっているかもしれない。いつかもう一回観直したい。
※エンドロールが終わった後も目を離さないで欲しい。
※平山が飲んでる缶コーヒーは、もちろんBOSS☕️
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