クロスケ

PERFECT DAYSのクロスケのレビュー・感想・評価

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0
ヴェンダースが再び東京の街にカメラを向けているという事実が、スクリーン上に瑞々しく迸っているのを眺めているだけで、こみ上げてくるものを堪らえるのに難儀していたというのに、自転車で並走していた平山とニコが、橋の上でふと自転車を停め、海へと伸びていく河を遠望する様子を背後から収めたロングショットを見た瞬間、止め処なく涙が零れてきました。

自らの仕事に誇りを持つ、もの静かな主人公が単調な生活にささやかな悦びを見出しながら生きていく…という筋書きは、ジャームッシュの『パターソン』でも見られましたが、この積み重なっていく何気ない日々が、作品に豊潤な時間を与えます。
朝、道を掃き清める箒の音で目を覚ましてから、夜、文庫本を読みながら床に就くまで、ほぼ毎日同じルーティンの繰り返しにも関わらず、平山の表情や所作には、いつまででも見ていたいと思わせる奥深い魅力があります。
そんな平山を演じる役所広司の寡黙で自然な佇まいは、『パリ、テキサス』のハリー・D・スタントンを彷彿とさせ、見事にヴェンダース的映画の主人公を体現していたと思います。カンヌでの評価も納得の素晴らしいパフォーマンスでした。

平山は毎日仕事の休憩時間に神社の境内にあるベンチに腰を下ろし、サンドイッチを頬張りながら、空を見上げて木々の隙間から漏れる陽光を眺めている。徐ろにカメラを取り出すと、ファインダーも覗かずに、その柔らかな光をフィルムに写し取ろうとする。それは彼の深層心理にまで介入し、毎晩、微睡みの中でモノクロームのイメージとして瞼の裏を去来する。

見上げた視線の先に「木」がある。

それは映画の冒頭から示されています。平山が毎日仕事場へ向かう車を運転しながら、フロントガラスから見上げるのは、空高くそびえ立つ東京スカイツリーです。『東京画』の撮影時には無かった、その大きな木の下では、市井の人々の、それぞれの日常が慎ましくも力強く息づいています。

そんな人々の日常にクローズアップした本作は、ヴェンダースなりの人間讃歌が込められた、21世紀の『東京画』と呼べるでしょう。
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