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PERFECT DAYSのTのネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

トイレ清掃員の日常を描いた映画だと思って見に行ったけど違った。
平山という愛すべき寡黙な男を描いた映画で、彼は自分の生活の一部であるトイレ清掃員の仕事にも丁寧に向き合っている、という話だった。

平山は、「生活をする」ということそのものを愛せる人だと思う。
・仕事に行く前にコーヒーを買って車の中で一息つくこと
・今日はどの曲を流すかカセットを選ぶこと
・通勤ラッシュで渋滞する登り車線を横目に、朝日に照らされる街を見ながら下り車線を悠々と走ること
・トイレの利用者を外で待っているときに、風が気持ちいこと
こういったことに幸せを見出してる。
こんなに穏やかな男が、雨の日はどんなふうに過ごすんだろうと思っていたら、1日目から2日目にかけて雨を降らせて、その様子も見せてくれていた。浅草駅構内の飲み屋は雨でも全然いいもんな。

この時点で、もう平山という男に興味津々だった。
いつも神社の境内で木漏れ日を撮りながらお昼を食べているけど、多分雨の日にも気に入っている場所があるんだろうと思える。いつもお昼のタイミングが一緒になるOLはどうしてるんだろうって思いながら別の場所にいそう。

清掃員の仕事にはもう慣れているので、素手でゴミを掴めるし、その手でサンドイッチも食べれちゃう。
ただ、迷子の子どもの手を握っていたら、後から来た母親が子どもの手を拭くようなことにはもちろん慣れない。

平山は本や音楽もこよなく愛してる。自分の好きなものがちゃんとある人。アヤ(後輩が通ってるガールズバーの女の子)とかニコ(姪)とか、共有できる人にはちゃんと共有される。
ニコが何に共感したのか知りたくて『11の物語』を探したけどとりあえずAmazonにはなかった…。

アヤのキスは、彼女からの好意というより、本や音楽みたいなカルチャー全体からの「カルチャーを愛する人に幸あれ」的なものだと思えた。アヤがサブカルの申し子みたいな格好だったからかな。


人からすれば「変わり映えのしない毎日」と形容されてしまいそうな生活・職業ではある。しかし、この映画が平山の毎日を丁寧に映しているおかげで、彼の生活に1日たりとも同じ日がないことが分かる。そしてそのことを平山は大事に思えている。
毎日が違うなんて考えれば当たり前のことだが、私たちは自分の生活でそれを感じているほど余裕を持てていない。



平山は彼の生活に心から満足していると思う。というより、どんな生活にも幸せを見出して愛おしく過ごせる人。
ニコを連れて妹が去った後の涙は、「この生活が辛い、抜け出したい」ということではなかったと思う。
妹の格好や乗っていた車、わざわざ手土産に菓子折りを持ってくるあたり、平山は裕福な家の子だったんだろうけど、「家を出てなければ豊かな暮らしができたのに」ということでは決してなかった。
「自分は普通に幸せで満足しているのに、家族からはこんな蔑まれた目をされないといけないこと」に対しての涙だったんじゃないか。
ニコみたいに彼の生活をそのまま肯定してくれる人ばかりだったら、別に何も悲しいことはなかったように感じた。
彼の生活についてというよりも、純粋に家族と疎遠になってしまったことに後悔や寂しさがありそうだった。
(全然関係ないけど、妹が菓子折りを持ってくるのすごい日本っぽい文化なんだけど、ヴェンダースはなんでこんなこと知ってるんだろう)


最後の運転席での役所広司の顔アップの長回し最高だったな。
自分には、ずっとこのままでいいと思っていた生活が変わっていってしまうことへの寂しさに見えたし、そこに家族のいない寂しさが重なっているような涙だったと思えた。
銭湯がなくなっちゃったし、自分が親しくしていたスナックのママ(石川さゆり)も結局は他人でしかないことを元夫の登場で実感してしまった。
でも日の出の美しさに幸せを感じてもいる表情だった。


この映画ずっと見ていたいよな。こうしている今も浅草で平山が生活しているように思える。
ジム・ジャームッシュ『パターソン』を思い出した。
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