竜泉寺成田

PERFECT DAYSの竜泉寺成田のネタバレレビュー・内容・結末

PERFECT DAYS(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

・1回目 1/21
・2回目3/14
流石にとんでもないものを見たという感じだった。役所広司と三浦友和の影踏みから、最後の涙までのクライマックスを目にしたときの美しさは筆舌に尽くしがたい。
平山は生活をルーティン化することで、日々のささやかな変化を、まるで神社の木の根元に芽生えた植物を持ち帰って育てるかのように愛でる。それを現実で実現するには多数の障壁があるため、観客の目には平山の"清貧"な生活がある種の理想として映る。
しかし、それは平山自身が、作中に一切登場しない"トイレの汚物"をはじめとする、ありとあらゆる現実を巧妙に捨象しているからに他ならない。彼の就寝後に必ず挿入される一日の断片。あれは、彼が自らの記憶に残すものを無意識のうちに取捨選択していることの象徴であろう。私たちが見ているのは、平山の主観によって濾過された、慎ましく美しい生活なのである。
残念ながら現実はそうはいかない。トイレはもっと汚いし、平山のようにずっと黙ってばかりもいられない。何より、どんなに生活をルーティン化しようとも、私たちは"大いなる変化"を遠ざけることはできない。
平山はどうにも必死に"大いなる変化"に目隠しをしているように見える。タカシが急に仕事をやめたとき、平山がらしくないほどに感情の昂りを見せたのは、きっと彼が大きな変化を恐れているからである。
だが、彼もまた人間であり、世界の一部に過ぎない。彼がどんなに超越的な生活を送ろうとも、世界は彼を1人にしない。そして、人間にとって最大の"大いなる変化"である死もまた、刻一刻と彼の背後に近づいてゆく。
そんな人間の宿命を自覚した彼の眼前に現れたのは、太陽だった。不変のようでありながら、いつかは燃え尽きるそれは、一体平山の目にどう映ったのだろうか。
竜泉寺成田

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