akrutm

メイ・ディセンバー ゆれる真実のakrutmのレビュー・感想・評価

3.1
13歳の少年と性的関係を結び、児童レイプの罪で服役しながらも少年と結婚して子供をもうけた女性グレイシーを、映画の中で彼女を演じることになった女優エリザベスが役作りのために訪れることから始まる二人の物語を描いた、トッド・ヘインズ監督のドラマ映画。実際にアメリカで起こったメアリー・ケイ・ルトーノーによる事件を題材としているが、創作の部分も多い。例えば、実際の事件は教師と生徒の関係なのに対して、本作では勤務先で知り合った母親と息子の同級生という関係になっていたりする。なお、メアリー・ケイ・ルトーノーは2020年に亡くなっているので、本作は見ていないことになる…

二人の結婚式がテレビで全米に放映されるなど大きな関心を読んだ事件であるため、アメリカでは特別な説明がなくても本映画の背景は理解されるだろう。一方、日本人にとっては知られた事件ではないので、ある程度の知識は事前に仕入れておいたほうがよいかもしれない。というのは、映画の中では、事件そのものは回想シーンのように直接的にもセリフなどでの説明のように間接的にも表現されないからである。あくまでも、グレイシーとその家族、そして女優エリザベスの現在(なぜ2015年という設定なのかはよくわからないが)を描くだけなのである。よって、映画の鑑賞者は、エリザベスが色々な関係者に会って聞く話や、グレイシーとその夫・ジョーが他人に見せる言動だけからしか、この事件の真実を知ることができない。特に、グレイシーやその家族は、基本的にエリザベスの視点からしか描かれない。そういう意味では、エリザベスの視点が鑑賞者を代表することになる。

さらに、この映画の面白い(というか、個人的には失敗していると思う)のは、映画が進むにつれて鑑賞者の目を代表しているエリザベスが怪しくなっていく点である。グレイシーを取材して一緒に過ごすうちに、エリザベスは彼女に同化していってしまう。つまりエリザベスそのものの視点に大きくバイアスがかかってしまう、言い換えれば、信頼できない語り手になっていくのである。このような非表現性と信頼性の欠如という二重の膜を通してしか真実にたどり着けないというもどかしさを利点と捉えれば、本作の評価は高くなるだろう。個人的には、このもどかしさは映画にとって過剰であり、結果として何を描きたいのか理解できないままに映画が終わってしまうというネガティブな効果しかないと思う。端的に言うと、面白くなかったのである。
akrutm

akrutm