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ポトフ 美食家と料理人のSのネタバレレビュー・内容・結末

ポトフ 美食家と料理人(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

料理はチームワークであり即興アンサンブルである。
昔から料理を趣味とするひとが羨ましかった。視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚という五感をフル活用する料理には、読書や美術音楽鑑賞にはない豊かさがあると思っている。なのに実際のところ活計を立てるため日々忙しい社会人にとって料理の優先順位は低い。できれば楽なレシピ、できれば時短グッズ、できれば手を汚したくないと、あとずさってゆく自分がいる。

銀座シネマスイッチの一階の掲示板に本作に関する記事がいくつか貼られている。目を通したのだけど、ほぼ全部、美味しそうな撮影、あらすじ、監督やキャストのことばかりで、アートディレクターを務めたトラン・ヌー・イェン・ケーの事が書かれてなかいことがちょっと悲しかった。
彼女は『青いパパイヤの香り』(フランス公開は1993年)以来トラン・アン・ユン監督と親密になりのち結婚をしており、それ以降パートナーとしてセットやコスチュームなど装飾関連の演出に携わったり、時には女優として登場したりと、トラン監督の映画作りに欠かせない存在となっている。19世紀フランス田舎町を舞台にシャトーで撮影された本作の中の、雑貨やインテリア、特に黄金色の光が差しこむキッチンの美しさのイメージ表現ももちろん彼女の功績である。

本作を見ながら、料理人を演じる二人の関係性がまるでトラン夫妻みたいだと感じた。一人が考案をしたら他方はそれを目に見える形にする役割を担う。また、トラン夫妻も”人生の秋”を象徴するような年齢になっていることや、20年以上一緒にいる夫婦であると同時に、プロの仕事パートナーとしても尊重し合っていることも。
だからこの映画を「料理人と美食家」ではなく
「映画人と愛妻家」と捉え直しても合点がいく。

すでに在るものを愛し、すでに持っているものを求めることが幸福な生き方だということを教えてくれる本作は、どのカットを切り取っても美しくて忘れがたい景色が映る。それは前作『エタニティ』(2000)にも通じるところがあるが、『エタニティ』は音楽を存分に使って、大家族をテーマにしていることに対し、『ポトフ』は自然や料理する音だけを用いて、かつ夫婦に焦点を当てる。

“献身的”という言葉はどこか可哀想なイメージを伴うけど、愛するひとを喜ばすために作る誠心誠意の料理はこれ以上ない愛の告白であって、「食」がこんなにも芸術的で官能的で純粋で、またこの映画が忘れがたい芸術作品となるのはきっと他者に尽くす人間の本心が見え隠れするからであろう。見え隠れというより、滴るほど溢れ出ている。
このエネルギーは人の死をも乗り越え、次の世代に受け継がれるものだと堅く信じている。(というメッセージも本作に込められている)

【その他】
▶︎「ワインは食事の知的な要素で、野菜や肉は食事の物質的な要素だ」
▶︎「秋に結婚して冬の喜びを享受しよう」
▶︎「人生の秋ではなく、夏の盛り」
▶︎「アダムとイブはデザートから始まった」という会話が前半に出てきて、後半のプロポーズのシーンで出されたのが”洋梨のコンポートのフィロ包み”。クローズアップされる花。皿をくるっと回しているとその中に指輪が光る。それから連鎖して映るベッドに横たわる裸身。
(この一連の流れ、たいへんロマンチックなひとときでした)
▶︎美食友達のおじさん5,6人で食卓を囲んで、一人ずつ白い布を頭かぶって黙々と食べるシーンがいまだに理解できておらず。香りを嗅ぎながら食べるため?
▶︎最後に流れる曲は「タイスの瞑想曲」(piano ver)。エンドロールで泣きました。ウージェニーが死ぬ時は大丈夫だったのに。
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