近本光司

About Dry Grasses(英題)の近本光司のレビュー・感想・評価

About Dry Grasses(英題)(2023年製作の映画)
4.5
あの女子生徒が因縁の教師にいみじくも差しだしたチョコレートケーキさえも、わたしたちの理解を超出するものとして不気味な存在感を放つ。客席にいた誰もがあっと驚いた問題の仕掛けだけでなく、何もかもが一見すると紋切型のようであって、複雑きわまりない機構を孕んでいる。ひりひりする三角関係を演じ切った主人公たちは、雪景色の閉塞から一転して初夏を迎え巨像の残骸が転がるネムルト山に登る。そこに被せられる教訓めいた主人公の独白。冬のあいだに雪の下で生き長らえる乾いた草。わたしたちはあのナレーションをどう受け止めてよいかもわからず途方に暮れてしまう。アタトゥルク大統領の銅像も、リズムを乱すような奇妙なカメラワークも、靴をもらった女子生徒の意味ありげな視線も、行方知れずとなった友人の顛末も、要所要所で差しこまれるポートレートの数々も、勘繰りまくる主人公のファナティックな造型も、そのいずれもが一義的な像を結ばず、すべてに疑わしさが残る。こんな映画ははじめて見たかもしれない(ジェイランの過去作にも似ているようで似ていない)。また封切りにあわせてもう一度見る。雪のなか凍えていた毛深い犬がかわいかった。誰かと連れ立って観るのを薦めます。