キャッチ30

落下の解剖学のキャッチ30のレビュー・感想・評価

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.4
 フランスの人里離れた雪山の山荘にベストセラー作家のサンドラと夫のサミュエル、視覚障害をもった息子のダニエル、愛犬のスヌープが暮らしていた。ある日、サミュエルが転落死体で発見される。検死の結果、死因は事故死或いは第三者の殴打による他殺、もしくは自殺の可能性があり、警察は容疑者としてサンドラを起訴する。

 これだけ聞くとミステリーの匂いがするが監督のジュスティーヌ・トリエは謎解きに重点を置かない。寧ろ、彼女は事件の真相よりも夫婦間の軋轢に焦点を当てる。裁判から見えてくる夫婦の歴史。7年前に事故でダニエルが視覚障害になったこと。サンドラが次々と作品を発表して名声を得ていくのに対して作家志望のサミュエルは書けないまま挫折したこと。サンドラが浮気をしたこと。夫婦間の格差は広がり、サミュエルは妻に対する嫉妬を爆発させる。録音テープから聞こえる両親の激しい諍いはダニエルを傷つける。

 また、この映画では明確な答えは一切明らかにされないまま終わる。裁判長はダニエルに法廷は真相を究明する場だと説明する。しかし、本作も含めどの法廷映画もそうだが、実際は解釈のぶつけ合いだ。サンドラにインタビューした女子大生やサミュエルを担当した精神科医、そしてダニエルの証言も結局は主観でしかない。つまり、登場人物は誰一人事件の全体像を掴んでいない。

 サンドラに扮したザンドラ・ヒュラーの表情の変化にも注目してほしい。無表情に振る舞う彼女の姿が却って冷たく映る。夫の過去の映像を見て不意に笑ったのは思い出し笑いにも蔑んだ様にも見える。車の中で泣きじゃくり、「ごめん」と言った相手は傷つけた息子かそれとも仲違いしたまま死別した夫に対してか。