キャッチ30

オッペンハイマーのキャッチ30のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.0
 J・ロバート・オッペンハイマーは「原爆の父」と呼ばれている。彼は第二次世界大戦下のアメリカで原子爆弾の開発を目的に発足した極秘プロジェクト「マンハッタン計画」に参加する。原爆の開発に成功し、戦争が終結したことでオッペンハイマーは一躍時の人としてもてはやされる。だが、水爆開発に反対したことから原子力委員会のルイス・ストローズと対立する。さらに、「赤狩り」によってオッペンハイマーは共産主義者として糾弾される。

 そんなオッペンハイマーの肖像にクリストファー・ノーランが挑む。ノーランにとっては初の伝記映画になる。オッペンハイマーは頭脳明晰だが人の気持ちを逆撫でするような部分があり、女好きな一面もあった。一方で、傷つきやすい繊細な部分もあった。妻のキティとは別に付き合っていたジーン・タトゥロックの自殺、原爆の惨劇に遭った広島と長崎の報せに動揺し、苦悩する。オッペンハイマーがアインシュタインに「私は破壊した」と言う台詞は世界だけでなく自分自身だったのかもしれない。

 今作は伝記映画としては難解な構造となっている。時間の操作はノーラン映画の常だが、ノーランはオッペンハイマーの視点だけでなく、ストローズの視点も織り交ぜる。オッペンハイマーはカラー、ストローズはモノクロのルックにすることで天才と凡人、太陽と陰という対立構造にも見える。
 ノーランは撮影や編集だけでなく、音響にも工夫を凝らす。特に、「トリニティ実験」の場面は今作の白眉だ。爆発と同時に始めは静寂に包まれるが、次の瞬間に轟音が客席に木魂する。

 また、俳優の映画という側面もある。キリアン・マーフィ、ロバート・ダウニー・Jr、マット・デイモン、ゲイリー・オールドマン等が己の気配を消してみせる。エミリー・ブラントとジェイソン・クラークの対峙や水爆を推進するベニー・サフディに注目してほしい。