Yoshishun

落下の解剖学のYoshishunのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

“何が最も真実“らしい”か?”

本年度アカデミー賞脚本賞受賞作。カンヌ国際映画祭でも最高賞を獲得し、主人公サンドラを演じたザンドラ・ヒュラーのために演技賞を授けるべき!という声が挙がった程にフランス現地では熱狂の渦となった作品だ。ようやく地元でも公開されたので観に行ってきた。

本作はよくあるミステリー映画ではない。コナン君のような真実を暴く者、明確に動機がある殺人犯、物的証拠の数々、全て明らかになるクライマックス。そんなものが存在しない。現実での経験をフィクションに落とし込む小説家の妻、視覚障害の息子、夢と現実の狭間で悩み葛藤する精神不安定な夫、裁判で不利な証言をさせようとしない勝率0%の弁護士、確かな証拠がないために状況と現場検証と創作物から真実を作り出す検察、全てを目撃している可能性があるのに人間ではない犬。真実らしい真実は存在せず、どれも劇中のキャラクターと同じく、想像に想像を重ねるしか無い。

真実ではないことをあたかも真実かのように語る危険性。夫の死亡現場・時刻に近くにいたという事実、死の前日に喧嘩していたという証拠のビデオ、息子が聞いたという事件直前の夫婦の話し声、妻サンドラが夫の原案を奪った(脚色した)事実、小説に綴られた事実と類似する描写。どれもが夫の死因とリンクしそうで確実な証拠とはならない。気付けば検察同様、裁判の行方を観てる側もサンドラが最も怪しい人物として映ってしまうのだ。そして、母に待ち受ける結末も、確たる証拠を突きつけたわけでもなく、どこか有耶無耶なままで終わる。

はじめから本作は事件の真相を追う謎解きはする気がないのだ。むしろ謎解きの過程でどのように真実らしい真実が作られていくか、都合良く解釈が重ねられていくのか、そしてその拡大解釈が当事者でどのような利害を生み出してしまうのか。あまりに生々し過ぎるし、決して絵空事ではない。

法定劇と会話劇だけで2時間半はさすがに長過ぎると鑑賞前は考えたが、台詞の一つ一つで観客をも手のひらで踊らし、敢えてボカした背景や「これぞ確信に迫る証言だぞ!」と言わんばかりの滑稽なズームインで余計に弄ばれた気分。鑑賞後の疲労感は計り知れないし、本当に何も明らかにされないもどかしさはあるが、SNSが普及した現代に蔓延る社会問題に法廷劇を通して描いた本作は、まさに今生み出されるべき作品だったように思う。
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