Masato

関心領域のMasatoのレビュー・感想・評価

関心領域(2023年製作の映画)
4.3

アウシュビッツ収容所におけるホロコーストをささやかな音のみで語りながら収容所の隣で住む家族を淡々と描くという他にはない手法で話題を呼んだ映画。映画だからこそ作ることができた物語であり、その唯一無二さを十二分に発揮している。

実験映画に近いような作風で親切な作りではなく、完全に鑑賞者を信頼した状態で作られている。なので極端に言えばこのことを何も知らなければなにを描いているのか本当に分からない。そのくらいにさりげない。かくいう自分も全ては分かっていない。毛皮のコートなど、ささいな演出があっと思わせる怖さ。演出がストーリーテリングの肝になる映画。

監視カメラを見ているかのように隅っこにカメラを置いただけのような定点の遠写で、人物にカメラが寄らないので表情が全くわからない。感情を排してキャラに全く寄り添わない、そして誰かを覗いてるかのような感覚にさせられる徹底して俯瞰的な作り。

あの圧倒的な音圧と技術を誇ったオッペンハイマーを抑えた音響は、仄かに怖さを感じる、だからこそその音の真相を知っていると余計に怖いという絶妙なライン。全編かすかに鳴り響く重低音と悲鳴、怒号。一本の糸をピンと張ったような緊張感が映像の空気に漂っている。感覚としてはJホラーの何も起きてないのに怖いあの空気感に似ている。

ハンナ・アーレントの提唱した「凡庸な悪」をある種究極的な形で映像化したとも言える。人類最大の悪は、ごく平凡な人間が行う悪。この家族もアイヒマンと同じく、外的規範に盲従し思考を停止してしまった状態そのもの。妻になかなか転属を言えないような夫が100万超のユダヤ人を殺したという事実。人を殺すには人間であることを放棄しなければならない。戦争とはそういうものだ。人間であるように見えてそれはもう人間ではなくなっている。迷いを見せるラストシーンのルドルフがまさにそれ。自分というものがどこに向かっているかも分かっていない。

これは過去の話ではなく今の話でもあることを決定づけるシーンも含まれている。私たちも例外ではない。凡庸な悪のひとりでもある。スーパーボウルやメットガラがトレンドを埋め尽くす裏側でガザで虐殺が行われていたという現実こそ、「関心領域」そのものだ。ネットですぐに事実を知ることができながら、それを知ろうともせずに安全圏で生きることは本作の家族と同じになってしまう。私たちは常に思考し、疑問を抱き、今起きている凄惨な事実に関心を寄せ、あるべき態度を取り続けなければならない。それをいっそう自覚する映画だ。

奇しくもガザでの出来事と重なってしまったのも残念だ。かつて何度も虐げられてきたユダヤ人の作ったイスラエルが今度は虐殺をするほうに回っているという事実。我々はこの事実から目を背けてはならない。背けたらこの家族と同じになってしまう。

ユダヤ系のジョナサン・グレイザー監督はアカデミー賞受賞式のスピーチでガザの虐殺についてハッキリと明言した。するとそれに抗議するユダヤ系の著名人による署名運動が起こった。(その署名にはあのイーライ・ロスもいた。)ユダヤ系の人たちにも今はれっきとした加害者である事実を叩きつける映画にもなってしまった。

関心を寄せないことが引き起こす怖さ、転じて何が人間たらしめるのかを実験的に描くことに成功した傑作だった。しばらくは平然と生活をしているなかで、ふと本作を思い出して頭の中に悲鳴が聞こえてしまうだろう。今もあの音が頭の中で響いている。

映画の演出としての画作りだけでなく、とにかく美的センスも凄まじかった。毎カットの構図がバチバチに決まっていて、怖さもありながらあまりの美しさにうっとりしてしまう画作りにも注目。自然光で撮られたかのようなナチュラルな質感も見事。
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