このレビューはネタバレを含みます
異形となった者たちとの共生の形は見い出せるのか? 鑑賞するまでは身内から出た感染者を憂う主人公を描いた、良くあるゾンビ映画のような物語を想像していたがそうではなかった。確かにD.クローネンバーグ監督「ザ・フライ」のアプローチや、Y.ランティモス監督「ロブスター」のずっと先を想起させる設定もなくはない。でも、SFパートを排しホラーになりうるルックスを全く違う演出で見せ、シリアスな人間ドラマとしてテーマを押し出す演出は独特。特に異形者の心情により深く入り込み、生き生きとした姿を見せ爽快感さえ感じさせる映像はかなりユニーク。
妻だけでなく息子までも“動物”へと変貌してしまうという、父フランソワ(ロマン・デュリス)を襲った過酷な状況は彼に思想転換と呼んでもよいほどの心情変化をもたらした。エミール(ポール・キルシェ)を森へと逃すときに息子に投げかけた彼の短い言葉は、まるで自分とは全く別の世界へと息子を送り出すときに世の父親が噛み締める今生の別れを思わせ深く胸を抉られた。この彼の決断は政府の政策とは正反対の、異形者たちとの棲み分けをも意味している。この世界で生きる人類の取りうる一番賢明な選択に思えた。そういう意味でフランソワたちの物語はまだ始まったばかりと言えそうだ。
エミールと心を通わすようになる少女ニナ(ビリー・ブラウン)がしっかり自分と向き合うようになっているADHDという設定がとても効いている。彼女もまたエミールの生き方を運命づけたという意味では、自ら“バードマン”への道を覚悟して歩み出したフィクス(トム・メルシエ)とともに大変重要なキャラクターだった。彼らの描写が実に生き生きとして素晴らしい。
個性派俳優ロマン・デュリスの当たり役はとても嬉しい。野生味を表現つつも「Winter boy」とは全く違う方向性で繊細な演技を見せてくれたポール・キルシェには拍手を送りたい。
《余談》
人間が動物へと次第に姿を変えていく現象を“突然変異”と呼んでいたが学術的には全く正しくなくて自分には違和感があった。むしろ形質転換に近いので“トランスフォーム”とでも呼びたいところだ。その姿は人間と動物一種とのキメラに近く程度・度合いが個体によってだいぶ違う。そもそもトランスフォームする動物種が哺乳動物はおろか脊椎動物にさえとどまらず軟体動物や節足動物にまで及び、人それぞれ違うのも謎であり興味を唆られる。見ていると体液を介した感染症であることは強く示唆されていたが、これらの知見を総合してこの現象を科学的に把握するのはゾンビよりも困難(笑)。
字幕翻訳は東郷佑衣氏。