kkkのk太郎

アンセム アメリカ国歌の軌跡のkkkのk太郎のネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

「国歌を再考する」という課題に取り組む2人の音楽家が、アメリカ国内を旅しながらその土地の音楽や文化を学び、その旅先で出会ったミュージシャンたちと共に新たな国歌の作成に挑むというロードトリップ・ドキュメンタリー。

『アメリカ国歌の軌跡』なんてピントのズレた副題がついているが、内容はこのタイトルからは想像もつかないくらいに面白い。

そもそもアメリカ国歌は米英戦争の最中、イギリス軍の捕虜となっていたフランシス・スコット・キーによって書かれたもの。その後キーの書いた詩と「天国のアナクレオンへ」という大衆歌のメロディが合体し人気を博し、英米戦争終結から100年以上経った1931年に正式な国家として採用された。
面白いのはこの「天国のアナクレオンへ」という曲を書いたジョン・スタフォード・スミスという作曲家はイギリス人であるということ。アメリカ国歌はなんと、当時の敵国の音楽が元になっていたのです。

そもそも成り立ちからしておかしいアメリカ国歌。国内の情勢も当時とは大きく変わった訳だし、いっちょここらで新しいものに作り変えてみませんか?という思いつきから始まるこのドキュメンタリー。
白羽の矢が立ったのは2人の音楽家、クリス・バワーズとDJダヒ。
クリスは『グリーンブック』(2018)や『ドリームプラン』(2021)、『ホーンテッドマンション』(2023)といった話題作やマーベルのドラマ『シークレット・インベージョン』(2023)などの音楽を手がける超売れっ子作曲家。
DJダヒはケンドリック・ラマーやドレイクと組んで作品を作ってきた、グラミー賞受賞経験もある敏腕プロデューサー。
本作はこの実力派2人が一台の車に乗り込み、アメリカ各地のルーツ音楽を学ぶ旅に出るというロードムービーであり、音楽ファンなら必見の内容となっている。

訪れるのはモータウン(R&B)、ミシシッピ(ブルース)、ナッシュビル(カントリー)、ニューオリンズ(ジャズ)、オクラホマ(ネイティブ・アメリカン音楽)、ベイエリア(ラテン音楽)。
それぞれの土地に根付いた音楽を学び、その音楽にどのような民族的、歴史的、文化的背景があるのかを知る。
ルーツ音楽を辿る旅が、次第にアメリカとは何なのかを思案する探究の旅へ変化していく様は、アメリカ人ではない我々の目にも大変興味深いものに映るはずだ。

国歌は一部の民族や思想に加担するものであってはならない。「国民の心を一つにする音楽」こそが国歌のあるべき姿な訳だが、多民族国家であるアメリカにおいては、そのような音楽を作ることは困難を極める。単一民族国家である日本だって、新たな国歌を作るなんてことになったら揉めに揉めまくるに決まってるんだから、アメリカでなんてそりゃ無理な話である。
保守的なカントリー歌手と、反体制的なラテンミュージシャン、独自の宗教観を持つネイティブ・アメリカンの詩人など、旅先で出会ったミュージシャンたちを一箇所に集め、国歌作成のための意見を求めるミーティングを開くのだが当然の如くこれが大荒れ。かなり空気がギスギスしているのが観客にも伝わってくる。
自分がこの場にいたら速攻帰りたくなるだろうな、とは思うが、胸の内を正直に明かして議論を交わす様には爽快感がある。政治的な意見交換は、やはり顔を合わせて真剣に行うべきだよね。Twitterやネットじゃ伝わらんよ。

そんな白熱した議論をふまえ、クリス&ダヒが作った新国歌が最後に披露される訳だが…。
うーん…。つまんねぇ💦
国民みんなの心が一つになるような音楽、とはあらゆる民族や思想に配慮した音楽ということであり、それはつまり一切の毒気が抜けた音楽ということになる。
どんなジャンルにも共通することだが、綺麗に漂白された表現って結局のところ毒にも薬にもならない。耳あたりは良いんだけどただそれだけって感じ。
まぁそりゃ国家にエキサイティングなものを求めるという方がお門違いなんだけどさ。これならブルース・スプリングスティーンの「Born in the U.S.A」を新国歌に制定した方が良いんじゃないかと思ってしまった。

もう一つ気になった点。
確かに本作には白人、黒人、ネイティブ・アメリカン、ヒスパニックなど、さまざまな人種のルーツ音楽が取り上げられている。
…のだが、アジア人の影はめちゃくちゃ薄い。
黒人奴隷制が廃止された後、代わりに半奴隷的な立場として労働を強いられていたアジア人たち、いわゆる「苦力(クーリー)」の存在がまるまるスルーされていることには、同じアジア人としては違和感を覚えざるを得ない。彼らにだってルーツ音楽があるのだから、そこにも追求してほしかった。まぁそんなこと言い出したらユダヤ人は〜とかアラブ人は〜とかプエルトリカンは〜とか、キリがなくなってしまうからしょうがないところもあるとは思うんだけどさ。

とかく色々と言ってきましたが、知的好奇心が満たされる良いドキュメンタリーでした。音楽好きの人なら絶対に楽しめると思います!ドキュメンタリー映画はすぐに配信が終了してしまうというケースも多いので、Disney +に加入している方はお早めに鑑賞して下さいっ!!
kkkのk太郎

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