マインド亀

くるりのえいがのマインド亀のレビュー・感想・評価

くるりのえいが(2023年製作の映画)
4.0
くるり原点にして〈今〉の音楽。ロック・バンドを続ける意味

●くるりというバンドは、結成6年後オリジナルメンバーのドラマー森信行の脱退後、不動の岸田繁と佐藤征史はそのままに、ドラマーを固定せずにアルバム毎(もしくは曲毎)に入れ替え、そしてオーケストラやエレクトロミュージックを取り入れたり、メンバーが最大5人になったりと、時代ごとに音像や作り方を変えて進化していったバンドでした。
しかしながら、多くの古参ファンにとっては、くるりの最初の6年間はやはり濃厚で特別なものであったし、今でもやっぱりインディー時代の2枚〜メジャーファーストアルバム『さよならストレンジャー』から4th『ザ・ワールド・イズ・マイン』まではくるりの礎として、くるりらしさが最も伝わる作品群だったと思います。
で、今回の最新アルバム『感覚は道標』の製作では、オリジナルメンバーの森信行を再び迎え、初期の衝動のような物を大事にした音楽づくりを再現しています。ざっくりとしたセッションを繰り返して、3人の予定調和でないセッションがうまく噛み合ったとき、奇跡のように素晴らしい音楽が誕生していく瞬間が記録された本作。ひょっとするとかっちりとパソコン上でコンポーズすることが基本の若い世代のバンドやアーティストにとっては、なんともアナログで遠回りの音作りに見えるかもしれません。
しかしながら、そこには確実に空気を通して作られた音と、3人が思いもよらぬ方向に進む音楽の面白さがあります。
今回は決して、懐古主義的な作り方だというのではなく、新しい音楽を作るための、バンドが起こすワンダーに重きをおいた〈今〉のくるりの音楽を作るための原点回帰なのだということなのです。それこそ岸田繁と佐藤征史がバンドという形態を大事にしている意味であり、くるりがロック・バンドとして長く続いている意味なのかもしれません。
特に、佐藤社長がめちゃくちゃしっかりと素早いジャッジを繰り返してるところが印象的。岸田繁もそこに全幅の信頼を寄せています。良いバンドなんだなあと思います。

●本作を映画として観たときに、特にこの今作の製作方法に至った経緯を描くでもなく、最初っから森信行を迎えて作るところからヌルっと始まるので、これは音楽を作るときの苦悩や葛藤などを描く映画ではないのだなあと思いました。むしろ、こういったもはや「時代遅れ」になりつつある「ロック・バンド」の製作方法を記録するためのドキュメンタリーなんだと思います。これを観た若いミュージシャンやバンドの、何らかのヒントになるのかもしれないし、むしろこういう音楽のアプローチが新しい時代を切り開くのかもしれません。まさに重要な記録なんですね。

●本作のようなバンドのドキュメンタリーは、バンドのライブ映像で一番盛り上がった頂点部分をクライマックスに持ってくることが多いのですが、本作は製作そのものがメインであるため、むしろクライマックスはエンドロールに流れる最後までコンポーズされたシングルカット曲の『In Your Life』が流れた時なんですね。
確かに本作は、京都に行ったり伊豆に行ったりしながらかなりの贅沢な製作環境だと思いましたが、やはりその土地その土地の光景や空気感が曲にしっかりと息づいているのが良く分かります。
私もシングルカットされた『In Your Life』とその『In Your Life IZU MIX 』(メンバーが歓声をあげた、あの伊豆でMIXされた方)を聴き比べましたが、後者は決定版と思えるくらい、シンプルでかつ力強いMIXだと思いました。

●本作で唯一のライブ映像は、中盤の3人が演奏する、京都拾得でのライブ。そのクライマックスがデビュー曲の『東京』。『東京』は私も実際のライブで何回も聞いてますが、やっぱりもっくんのドラムこそオリジナルの『東京』なんだなあとはっきりと思える演奏でした。もうそこで涙が込み上げてくるものがありましたね。
また、拾得の映像では『東京』のカップリング曲『尼崎の魚』の演奏もありましたが、改めて『尼崎の魚』の演奏を聞くと、こんな曲をデビュー時に作ってしまうとは、やはりくるりは別格、と思わざるを得ませんでした。
「なんだかB面曲ばっかり作ってるバンド」と一般大衆的に言われてしまう(笑)くるりですが、やっぱりこういう重厚で変わったコード進行の玄人曲がかっこいいししびれるし、どの時代に聴いてもかっこいいんですよね。

●しかしながら本作、3人がめちゃくちゃ和気あいあいと音楽を作ってて楽しそう。なので音楽ドキュメンタリー的には盛り上がれる、メンバー感の衝突や葛藤、もっと言えば、もっくんにドラムを叩かせない厳しい岸田繁(笑)、みたいなものは全く映りません。しかしながらそうやって、ざっくりとしたセッションからお互いのピッタリあった息で一つの音楽が完成に近づいていく姿は、やはり三人の円熟味も感じられるし、音楽ってこうやって生まれるんだ、というところが観られて感動するし、新鮮でした。
確か『ワルツを踊れ』のときに何かで制作風景を観たことがあったと思うけど、アルバム毎にアプローチ方法が違うくるりなので、毎回アルバムの発売とともに『くるりのえいが』を作ってもらえないかなあと思ってしまいました。
また、是非ファン以外の人達にも是非観ていただきたい映画だと思います。バンドをやることの面白さを、バンドをやってない我々でも感じることができます。是非観てください!
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