カーズWSA

ブレインウォッシュ セックス-カメラ-パワーのカーズWSAのレビュー・感想・評価

4.5
とーっても興味深くおもしろかったです。
ニナメンケス、監督作品はひとつも観たことはありませんが、このドキュメンタリーでこれまでの映画において、男性主体による客体化された女性が撮られ続けてきたことはすごくよくわかりました。

ちょっと構え気味で入った序盤でしたが、検閲する気などない、こういう視点もあるんだということを知ってほしい、と言ってたので割とスンナリと。

もうとにかく数え切れないほど名作が出てきて、その1シーンを切り取りこき下ろす。ニコール2回出てきた!アイズワイドと鹿殺し。どんな映画でもニコールは見逃しません。
そのニナちゃんの言ってることが、なぜそうなのかを絵と実際の切り取りシーンで説明してくれるのでわかりやすい。

『レイジング・ブル』でのデニーロとキャシーモリアーティの位置関係による聞こえる聞こえないはマジで目からウロコ。なるほど。
その他にもいかに男性主体でのカットにあふれているかがよくわかります。
ただヒッチコックなんて敢えて小難しい顔して解説しなくてもキャスティングで既に、ボク金髪美女大好き!、と女性を客体化してんのわかるっしょ。

とにかく今まで当たり前として受け入れてたことがいかに男性性を基に描かれていたのかということを見せつけてくれます。

まあでも一方でそれとこれとは別というか、別に俺は観たい映画しか観ないしなあ、と。
僕たちは既に映画として出来てるものを観るわけで、映画なんて言ってしまえばただの娯楽で、それこそ無意識下で女性の客体化を受け入れてしまっていたとしても、その映画をどうやって楽しむかはこっちに決めさせてくれい、と。
無意識の男性視点に気づかせてくれた、というところからはこの映画はとっても有意義だと思います。

お話のうえであのセックスシーンは必要だったかどうかは観てる人が決めればいいんじゃあなかろうか。
中には映画の考察大好きな人もいて、それ自体は否定しませんが、なんかいろいろ理由つければ何だってアリじゃんか。明らかに不必要なシーンではなく、明らかに不必要だと私が思うシーンなのではなかろうか。


僕はニナちゃんの言う視点で見てるかもしれないけど、ロザンナアークエットがインタビューで出てきたとき、おーキレイだなあ美しいなあ、と思いました。もっと出てこい、と思いました。
『アフター・アワーズ』、ちゃんと覚えてませんがおもしろかった記憶はあるのに彼女の中ではナシ?『クラッシュ』に言及は特に無かったけどあれは彼女の中では良し?
あと僕の母親の話ですが、テレビで見るのは美人がいい、と。わざわざテレビつけてんだからキレイな人が見たい、と。
これも無意識下での男性性なんだろうか。ううむ。

編集とカット割りでブレインウォッシュされている、と言うのなら、このドキュメンタリーがまさにそういうことしてんじゃあないか、と。
まさか、だからわざとこええ顔して一方的に言ってんのか、と。だからアンフェアな切り取りも混ざってんのか、と。これを観て素直に、男性主体の視点けしからん!、となる人こそ要注意ですよ〜、みたいな。


ハリウッドをはじめ芸人さんの業界そのものがどこの国でもちょっとおかしいところがあるんですきっと。ここで働く女性の96パーが何らかの性的な被害を受けたことがある、だったかな。
ふむふむ、じゃねえ。多すぎる。

台本に無いセックスシーンを要求され、断ったことでその後がなくなった元女優が出てましたが、正気の沙汰じゃありません。許されざることです。


インタビュー受けてたうちのどなたかが言ってました。

そういうの全部無くしたらなんにもなくなっちゃうよ、と言われました。またイチから作り直すのか?、と言われました。でもそれで良いじゃない!またイチから作り直せば。

だったかな。記憶が確かではありませんがニュアンスは合ってる、と思う。

全面的に同意です。今までのやり方に問題があるのなら、いっぺんやり直したらどうですか。
不必要なハダカのシーンを削り、男性主体の映像手法をやめて撮ってもおもしろいもんはおもしろいはずだし、それしか無いのならちゃんと楽しみ方を見つけるから大丈夫。

リアルとファンタジーを曖昧にして男性主体の世の中を助長してきた映画界。そうなのかぁ。
影響受けちゃう人もいるからなあ。メディア側の責任ってどのくらいあるんだろうか。

どちらかというとギョーカイ向けの講義っぽい感じでした。
普段から、出てる俳優で観る映画を決めてるので、とにかく観とかねば、と。

映画観てて、はっきり自覚できない心地良さ悪さって作った側がちゃんと意図したものがたくさんあるんだろう、とあらためて思った次第。
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