あんがすざろっく

月のあんがすざろっくのレビュー・感想・評価

(2023年製作の映画)
4.5
劇場で観るかどうか、本気で悩みました。
上映スケジュールも減ってきてるし、配信を待とうかとも思いました。
でも配信だと、手軽に見れる反面、いつでも見れるし、どんどん後回しにしてしまいそうな気がするんです。
結局ロストケアもPLAN75も、未だに見れていないし。
それならば、ちゃんと時間が決まってて、集中して観られる劇場が一番。

本作は障害者施設で働くことになった女性が、その現実を目の当たりにしていく物語です。


上手くレビューをまとめられる自信がありませんが。


これは、ジョーカーを観た時の衝撃に近い。
いや、どちらかと言えば、本作の方がより重い。

人間の負の歴史を描いた作品は、見てきていない訳ではないです。
シンドラーのリストや、ホテルルワンダなど。
でもどうしても、邦画となると、一気にハードルが上がるというか、腰が引けます。
人類という尺度で見れば、過去に起きた悲劇は、どの世界の話でも衝撃的です。
ただ正直な話、海外の作品はどこか「映画」として見れるんです。

自国の歴史となると、話が違う。
思考であったり、社会的理念であったりが、自分とどこかで通じています。
あっ、これは分かるな、と思えてしまうことがあったりしたら、逆に怖くなります。
海外映画のように、言語を字幕で追って内容を頭の中で変換するのではなく、日本語の台詞がダイレクトに入ってきます。

しかも、まだ時間が経ってない、記憶が鮮明なうちの事件が元になってます。

主演の宮沢りえさん、二階堂ふみさん、磯村勇斗さん、オダギリジョーさん、この作品に出演することには、本当に葛藤があったのではないでしょうか。
勿論、それは製作の皆さん、キャスト、全員そうだとは思いますが、自分達がこれから届けようとしている作品が、どう受け止められるのか、どれだけの人の心に残るのか。
正しく届くのか、誤解をされないか。
最後まで撮り終えるのは、体力も気力も必要だったはずです。

個人的に本作で一番印象に残ったのは、磯村さんでしょうか。
去年は横浜流星さんの振れ幅の大きさに驚かされましたが、今回は磯村さんの役者としてのターニングポイントであるような気がします。

終始不安な表情を浮かべ、様々な感情を抑え込む宮沢さんは、作品の根底を支えていました。
今日本社会を取り巻いている、漠然とした不安も見事に体現されていたと思います。

対して、夫役のオダギリさんも、宮沢さんの演技にしっかりと応えられていました。
この夫婦に流れる空気が、少しずつ変わっていくのが感じられます。

二階堂さんは、とにかく笑顔が怖かった。
彼女は、現実を直視しようとする余り、自分も追い込んでいましたよね。


見たいものしか見ない。
見たくないものには蓋をする。

蓋を開けるには、相当な覚悟がいります。

陽子(二階堂)の父親(鶴見辰吾さん)は、娘がしている仕事を、誇らしく思っているのでしょう。
ただ単に、社会に貢献する仕事だと、外から思ってるだけ。
だけどそれは、ちゃんと娘の仕事を理解していない。



さとくん(磯村)は、何故昌平(オダギリ)に会いに行ったか。

あなたは僕と考えが同じです。

これを言いたかったからでしょう。
自分と同じ考えをする人、自分の考えを分かってくれる人が欲しかったからです。

洋子(宮沢)にも同じことを言っていますが、
そうでもしないと、自分が正しいかどうかさえ、確信を持てない。


花咲じいさんの紙芝居。
僕もよく覚えていないけど、あの話って、あんな結末ではなかったですよね…
筋書きが、本質から完全に外れてます。
恐らく、さとくんがあの結末に、入所者さんがどんな反応をするのか、見たかったんですよね。
でも結果は、さとくんの想像した通り。
あのシーンに、とんでもない悪意を感じました。


心がなければ人じゃない。

でも残酷な行為をするのは、その心がある人間な訳です。
さとくんが向き合わなければいけなかったのは、もっと違う相手だったんじゃないかな。



思い通りにいかないことなんて、幾らでもあります。
実際あそこまで酷いことが行われているなら、職場で働いている人達の精神的なサポートも必要だと思うんです。

周りのスタッフや上の人がやっているから、
やっていいと言っているから。

もっと楽に考えなきゃもたないですよ。
なんて台詞がありましたが、そこまで言わせてしまう、あれを当たり前と思わせてしまうあの環境が大問題。

大畑淳子さんが演じた入所者さんのお母さんが言ってました。

他にお願いできる場所がないから。

もう八方塞がりじゃないですか、それ。

働いている人、入所者、どちらも人間です。
じゃあどうしたら、こういう環境が直せるか。
受け皿の足りなさなのか。
国のバックアップが足りないのか。
施設の自浄作用を促進するべきなのか。

考えると堂々巡りで、どう答えを出していいのか、僕には検討もつかず、途方に暮れてしまいました。

作品としての出来に、少し言わせてもらえば、終盤の主人公夫婦のドラマに、どうしても集中できず。
だってこの後、事件が起きる訳で、実際の事件をどこまでなぞっているのか、全く違う結末になるのか分からなかったので、そちらが気になってしまって、ハラハラ。


劇場から逃げ出したくなったのは、本当に何十年ぶり。
デッドマン・ウォーキングの時以来ですね。
でもやっぱり劇場で観て正解でした。
家で見てたら、途中で投げ出してしまっていたでしょう。


衝撃度は、今年度No.1。
いや、自分が見てきた映画の中では、この数年で一番でした。
ただ社会派ドラマであってもエンタメとの釣り合いを上手く取って欲しかったかな。
そういう意味では「茶飲友達」の方が好きでした。


回転寿司のレーンで回り続ける寿司ネタ。
手に取ってもらえるまで、ずっと流れ続けてます。
お客さんに食べてもらう為に回ってるんだけど。
あれって、元の姿って何だっけ。
そんなこと考えて、また堂々巡りです。
あんがすざろっく

あんがすざろっく