台詞全てが意味を持っていて、他愛ない会話からでさえ、その奥に潜む各々の感情が溢れでてくる。これぞ、成瀬映画の醍醐味だ。
ゆっくりと傾き掛けてゆく生活、夫婦関係が非常に丁寧に描かれていて、妻の方に焦点が当たってはいるものの、細かいお金のことは分からないけどとにかく節約してと面倒事を任せられ、一方では長男や母からお金を無心される信二の苦悩も分からないでもない、というところがミソである。加えて、その配役に小林桂樹を置いている点が流石だ。
だからといって、自分だけ芸者と温泉旅行だなんて到底許されるものでもなし、喜代子の憤り、嫌悪感は当たり前だろう。
ここで圧巻なのは、芸者福子の自殺を告げるシークエンスで、ショックのあまり部屋を飛び出した喜代子とその後を追ってきた信二が別れ話をする場所、そここそが冒頭部分で喫茶店の夢を語り合った裏庭であるということだ。椅子はゆったりと置こう、と笑いあっていた二人が同じ場所で別々の未来の話をしている。
最初は何だか物足りないなぁと思っていた冒頭部分が、ここで効いてくるとは……。
そして、お互い好意を持っているであろう、喜代子と健吉はこのままだから良かったのだと思う。
立派な嫁入り道具を持たせてもらいながら、嫌なことがあったら私すぐ離婚しちゃう、と平気で言ってのける信二の妹澄子は現代的思考の持ち主である。今の観点からいえば、多くの人は彼女の意見に賛同しながら、この物語の結末を封建的夫婦関係の枠にとどまっていると思うだろう。私も常々、不貞を働く男なぞすぐに切り捨てて、新しい人生を生きるべきだと考えている人間である。
しかし、苦悩のなか葛藤し、再び夫と人生を歩むことを選んだ喜代子を見て、彼女にとっての夫は「家族」なのだと感じた。不貞を働いたから、別の人に愛情を感じたから、そうした理由よりももっと強い結びつきのある「家族」の夫を簡単には切り捨てられるはずもない。だから、彼女の選択は時代に因るものというより、妻が一人の人間であると同様に、一人の人間として夫を受け入れようとした結果であるように思う。
喜代子のしぐさ、言葉、考え方一つ一つの土台がしっかりしていて、そこを踏まえた上で最後にきちんと行き着く、本当に素晴らしい作品だった。
待ちに待った、初のDVD化。近くの映画館ではなかなかかからないし、VHSでも見つからなかったので、ようやく出会えたことに感極まるほど嬉しかった。東宝さん、これからもどうぞよろしくお願いします。