最近ようやく洋楽が好きになり、伝記映画もちょくちょく見始めたところに、ボブ・ディランの『名もなき者』。これは観るしかないと思っていたら、試写会に当たったので、一足先に鑑賞してきた。
ちょうど自宅の録画リストに、アナザーストーリー(NHKの番組)でボブ・ディランのノーベル文学賞受賞までを追った回が残っていたので、予習がてら観ていったら、なかなか重要な前知識だったようで映画がするすると入ってきた。とりわけ、あのラストは音楽ファンからすれば常識も同然の伝説的な大事件(?)らしい。
フォークを愛し、自身の信念を伝えるために歌い続けてきたピート・シーガー。ボブ・ディランの歌が世に知られるにつれ、フォークの素晴らしさがより幅広い層へと広がっているのを実感し、喜びを感じていた。がしかし、フォークの神様のごとく祭り上げられる重圧に耐えきれず、また自身の道を疑いはじめたボブ・ディランは65年のニューポート・フォーク・フェスで新たな音楽を披露し、フェスは異様な空気に包まれる。フォークやロックの歴史を語る上で絶対外せない事件をテンポよく描いており、ある種「古い音楽」を続けようとするシーガーを悪者のように描くことなく、中立的立場に則って作られているところが良かった(エドワード・ノートン演じるシーガーがこれまた素晴らしい)。
そして、物語のもう半分はボブ・ディランと女性たち。後で知ったことだが、『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の有名なジャケットに写る女性はスーズ・ロトロという女性で、本作に登場し、あたかもあのジャケットに写った人物のように描かれているシルヴィアは映画オリジナルらしい。ジョーン・バエズは実名で登場するのに、何故もう一人は架空のキャラクターに?という疑問は残るが、その回答は作品公開後のボブ・ディランファンに委ねたい(追記:シルヴィを演じたエル・ファニングのインタビューによると、ボブ本人の希望で名前が変更されたとのこと)。
そして、最大の見所はやはりティモシー・シャラメ。本来数ヶ月の練習を経て役に入るはずだった彼はコロナ禍を理由とした撮影延長のために約5年の月日を本作に捧げたらしく、全曲吹き替えなし、ギターも自ら弾いているという。やや物真似っぽいと感じなくはない歌声だが、個人的には嫌いじゃない(劇場を出たあと、私あの歌声好きじゃないわと言っているマダムがいらしたので、ファンからすれば当然、賛否両論あるだろう)。
安定を取らず、チャレンジ精神旺盛で突っ走ってくれた本作。フェスが行われた翌年の1966年、ディランは交通事故で重傷を負う。この先も紆余曲折、非常に興味深いのだが、「名もなき者」だったディランがどのようにして現在のディランになったのか?を知れる重要な作品であり、またアーティストとしての葛藤、孤独を描きながら娯楽作品としても十二分に楽しめる作りになっていた。
アカデミー賞受賞、なるか?