垂直落下式サミング

ナポレオンの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

ナポレオン(2023年製作の映画)
4.1
すっげえムズカシイ。ナポレオンがいかなる人物か、ある程度は当然の教養ですよねと承知した上で、ちょっと捻った解釈でこちら側に理解を求めてくるのは、史劇モードの気難しめリドリー・スコット爺ってかんじである。
主役のホアキン・フェニックスが、これまた人物の核心を掴ませないような演技で半生をみせてくるので、とてもじゃないけど飲み込めない。重厚、無情、暗黒、一言で言い表そうとしてパッと思い付くのはそんなイメージの言葉。大迫力の戦争シーンも、じめっとした冷たい湿めっけが貼り付いていて、躍動感や熱さは感じさせないようなカラーデザインがなされている。
しかし、ナポレオン英傑物語なのかと思ったら、まさかのラブストーリーとはっ。人生の絶頂期に関係を持っていた特定の女を忘れられない男が、その想い人の不在によってその後どんどんダメになっていく…というのは、古今東西にありふれた物語ではあるけれど、僕も青臭い初恋引きずりながら生きてるヤバメンヘラなので、なんとなく共感する部分も多かった。つい長文イタLINEしちゃうよね。夜とか。
未亡人のジョセフィーヌを娶ってから裸一貫から皇帝にまで登り詰めたのだから、ナポレオンにとって彼女は手放しがたい勝利の女神だったのだと思う。
僕がみたかったのは、戦争のもっと戦術的なところだったのだけれど、そこはさらっと。ナポレオンの軍略メソッドについては、あまり触れられていない。というか、あえて語られていない。
18世紀の戦争において、いかに大砲の位置取りが重要だったか、そこんところがわかってるとさらに面白い。常に相手の先手を打ち続けて、機会を逃さずにイケイケで進軍し、ミスったら作戦を逐一最適化していくみたいな思考がナポレオンの強みだ。だったのに、最後の最後で「危機的状況なのに前にも後ろにも動けない」ところに追い込まれてしまうのが、最後の戦いワーテルローであったと…。
いろんな事柄に応用の利く戦略的なことが書いてあるから、ナポレオンの研究本は意識高い系ビジネスパーソンたちにおすすめ。そんな奴ら映画なんか見てる場合じゃないと思うけどね。働け働け。バーカ。
映画のなかでいちばん好きだったシーンは、流刑の身でありながら祖国に帰ってきたナポレオンを討伐しにきたはずのフランス陸軍の兵士たちが、元上司の鶴の一声で敵から味方に寝返って「皇帝陛下ばんざーい!」となってついてくるところ。アツい!男の子がだいすきな戦友の絆!
泣きの涙の英雄譚であれば男の大見せ場であるけれど、これを主人公の人間性を掴ませないでやられるから、ちょっとだけモヤッと…。言葉にもできないほど微細な感覚的なもの。そんなのが心に引っ掛かる。
皆を焚きつけ先陣切って戦争をはじめる奴らの心のうちにある動機は、祖国とか、栄誉とか、誇りとか、そんなキレイなもんじゃなくて、しょうもない色恋沙汰のもつれか、行き場のないやりきれなさを発散するための逆恨みともいえないような八つ当たり根性か、そんな個人的な感情が不毛の闘争を生んでるのかもしんないよ。そういうふうにみると、ぞっとするオハナシである。
僕らは心のどこかで、強力な指導者や、他に比肩するものがない天才だとか、とんでもない能力を持ったリーダーがあらわれるのを待っていて、だから変なカリスマ系YouTuberみたいなインチキ自己ブランディングにも簡単に踊らされてしまう。
そんななかで、まれに世に出てくるホンモノ。みんなから大人気!天にも愛されてる!まさに時代の窮児!そういうやつが一番あぶない。大概においてヒトは、なにかに従い管理されて、それではじめてマトモでいられる。だけれど、自分を失ってはいないか。ホントに?それでいいの?歩兵のバンザイアタックを仕掛ける前に考えないと。