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地球星人(エイリアン)は空想するのtetsuのレビュー・感想・評価

3.9
知り合いが多数関わっており、監督・監督補佐コンビの作品のファンだったため、満を持して鑑賞。


[あらすじ]

エイリアンによる誘拐というオカルト事件を担当することになったゴシップ雑誌の記者・宇藤。
正義感の強さから嘘を暴こうと躍起になる彼だったが、怪しい女子高生・乃愛やミステリーサークルの存在を知っていくうちに、"宇宙人"の存在を否定出来なくなってしまい……。


[上映中止騒動について]

2024年6月26日(水)、本作がその日以降の上映を取り止めにすることが決定した。
というのも、その前日に出演者の一人が傷害事件を起こしたと報道があり(事件発生は23日)、製作サイドが説明のない状態での上映が妥当ではないと判断したからだ。

実は6月25日、上映中止となる前日に、偶然、筆者は本作を鑑賞していた。
奇妙喜天烈ながらも不思議と引き込まれる内容から、観賞後、数人の知人などにもオススメしていた矢先の報道だっただけに「そんなことある?」と大きな衝撃を受けた。

今回は事件の詳細が明らかになっていない状況で、作品のネガティブイメージが先行してしまうのは、あまりにも惜しい作品だと感じたため、ひとまず事件を切り離して、本作の感想をまとめておきたい。

事件の報道から作品の存在を知った方は、鑑賞する手だてがなくなってしまった今だからこそ、本作そのものの内容を伺い知る断片として、この投稿を参考にしていただきたい。


[感想]

タイトル・ポスターヴィジュアルや予告編のイメージを想像して観始めると、予想外の作風に正直、困惑。

鑑賞中は終始クエスチョンマークが浮かんでいたが、最終的には今まで観たことのないタイプの映画になっていたため、面白かった。

SF作品を想像させる導入から、いつの間にやら正統派ミステリーになり、カルト教団の存在やマイノリティの苦悩、メディア批判を描きつつ、最終的にはラブストーリーまで扱っていく……という低予算ながらも、遊び心に溢れたジャンル横断ムービーになっていた。

その傾向は、監督・監督補佐コンビの過去作『恋愛電話』から続く作家性ではあったが、今回はより複数のジャンルが渾然一体となっている印象もあり、それゆえに咀嚼が難しかったのも事実。

しかし、分からないながらも、オチにはアメリカの隠れた名作B級SF映画を観たときのような「なんかスゲーもん観たぞ!」という不思議な満足感があった。


[メディア批判について]

本作で意外かつ興味深かったポイントが「メディア批判」を描いていた部分。

詳しい言及は避けるが、劇中ではゴシップ誌の報道を通して、扇動される大衆の正義感や侵害されるプライバシー、また、真実を暴くことが必ずしも人を幸せにするとは限らないということが描かれている。

ちょうど、先日観たインディーズ映画『彼女はなぜ、猿を逃がしたか?』でもこの題材が描かれていたこともあり、あわせて観たことでより考えさせられるものがあった。

特に昨今ではネットやSNSでの拡散もあり、報道や情報を鵜呑みにしやすく、無意識に正しいと思っていたことが大きな誤りだということもあるだろう。

それを全て避けることは難しいかもしれないが、今一度、そこには「個人」がいることを意識していたいし、人は「信じたい物語」を真実にしたいというバイアスがかかっていることを、改めて心にとどめておきたいと思った。


[社会人経験を経て]

本作では、監督コンビによる卒制時代の傑作『恋愛電話』と比べ、社会人経験を踏まえた物語になっているのも興味深い点だった。

パンフレットによると、監督は会社員として働きながら本作の脚本を執筆したそうだが、その生活を捨ててでも映画制作を行おうとした自分に対して"普通ではない"と感じていたとのこと

劇中では、その"孤独感"が宇宙人や青いリンゴといった要素になり、「自分で自分を撃ち殺す」という表現でも、社会のルールに従って自分を押し殺す瞬間を表していたそうだ。

この辺りは確実に大学時代の作品では描くことが出来なかった題材であり、それゆえの説得力や物語の深さがあった。


[宇宙人の環世界的な捉え方]

「環世界」という概念がある。
ドイツの生物学者・哲学者であるユクスキュルが提唱し、ざっくりと言えば、「生き物それぞれが知覚して生きている世界」のことを指しており、人であればそれぞれが抱えている「世界観」と言えば、分かりやすいかもしれない。

本作ではそれを"宇宙人"という題材で描かれていたようにも思う。

"環世界"は"(それぞれの生きる)惑星"といったセリフや"絵"という形で表現され、それが"愛すること"や"他者理解"へと繋がっていく展開が素晴らしかった。


正直、製作陣に録音がいないため、ノイズ演出でごまかしてはいるが、音響が聞き取りづらいのは事実。

また、ヒロインよりも主人公の同僚女性(演:中村更紗)が魅力的に見えるなど、突っ込みどころは多々あったが、それでも余りある物語の意外性や演出の面白さがあった本作。

これは余談だが、観賞後にオススメした友人が、上映取り止め当日にチケットを買っており、ダメ元で劇場に伺ったところ、招待券を発行していただいたそう。

あわせて見てもいないのにパンフレットも購入したそうでw、「彼の空想する本作」を次に会ったときに聞く予定だ。

この投稿を読んで、本作に興味を持った方は、いつか上映が再開されることを願って、本作の内容を空想しておいてほしい。


参考

俳優の大城規彦容疑者を逮捕 「何見てんだよ」とトラブル 研修施設で男性に暴行 - 産経ニュース
https://www.sankei.com/article/20240625-KP7WDF3R6NOVFLPQLQTUKTWCNA/
(上映中止の発端)

生物から見た世界 (岩波文庫 青 943-1) | ユクスキュル, クリサート, 日高 敏隆, 羽田 節子 |本 | 通販 | Amazon
https://x.gd/CrcDu
(まだ原著を読んでないところ、恐れ多いのですが……、環世界についての本はこちら)

【短編映画】消えない
https://youtu.be/jLvlOtIfUmY?si=TD6hsEF_Kq_rsGvD
(圧倒的な存在感を誇る謎の女役として、中村更紗さんが出演しています。秀逸なコメディホラー。)
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