耶馬英彦

身代わり忠臣蔵の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

身代わり忠臣蔵(2024年製作の映画)
3.5
 テレビドラマ「セクシー田中さん」の原作者の自殺は、映画人にも衝撃を与えたと思う。視聴率至上主義が原作を軽んじてしまった構図だが、映画でも同じようなことは起こり得る。台詞は変えても、原作の世界観はあくまで尊重しなければならないということなのか。
 しかしドラマにしても映画にしても、たくさんの人が関わって製作されるものだ。脚本家の想像力、演出家の想像力、俳優のアドリブやカメラワークや劇伴など、人々の想像力がぶつかりあう。昇華の仕方によっては原作を超える名作にもなるだろうし、原作に遠く及ばない凡作になることもあるだろう。
 小説にしても、漫画にしても、ひとたび作品として発表したら、原作者の手を離れて、独り歩きするものだ。原作と似ても似つかぬ映画やドラマになったとしても、それはそれで受け入れるしかない。観客や視聴者は、原作と違う作品だとわかって観ている。
 原作者の意向に厳密に従わなければならないとしたら、映像作品の関係者の想像力は、どうしても縮こまってしまう。原作の使用を許可して対価を受け取ったら、原作者は一歩引いたほうがいい。世界観が異なっても、原作とは別のものだとして、むしろひとりの視聴者や観客として作品を楽しむ余裕がほしい。「セクシー田中さん」はドラマとして面白かっただけに、原作者の自殺は残念だ。この事件によって、映画やドラマに制限がかかることがないように願う。

 さて、本作品は原作者が脚本を書いているから、原作との乖離はそれほど心配しなくてよさそうだ。コメディだから、漫才のネタのように、どのように演じるかによって面白くもつまらなくもなる。その点、ムロツヨシをはじめとする俳優陣の演技は見事で、笑わせてくれるし、ホロリともさせてくれる。

 吉良上野介については、実は悪いやつではなかったのではないかという考証がある。大谷亮介が吉良上野介を演じた舞台「イヌの仇討ち」でも、これまでの通説だった悪人とは違う吉良上野介像が紹介されていた。井上ひさしの戯曲を舞台にするこまつ座の公演で、2017年に観劇した。井上ひさしらしく、お笑いがふんだんに盛り込まれて笑える場面が多い一方、言葉のやり取りだけでみるみる真実に迫ってゆく芝居に、思わず息を飲んだ記憶がある。

 本作品でムロツヨシが演じた主人公の名前が字幕で「孝証」と紹介されて、意図的に「考証」と似た名前にしたのだろうとすぐに思った。ネーミングからして、すでにコメディだ。最後は少しフザケすぎの感はあったが、これはこれで悪くない。
 無理のないストーリーで、林遣都、寛一郎、森崎ウィンといったクソ真面目組がコメディの下地を作っていた。悪役は柄本明がひとりで引き受ける形だが、さすがの存在感である。面白かった。
耶馬英彦

耶馬英彦