半兵衛

市子の半兵衛のレビュー・感想・評価

市子(2023年製作の映画)
4.1
この映画を鑑賞しているとき、ふと『特捜最前線』の「少女・ある愛を探す旅」が頭をかすめた。この作品は扱っているテーマがテーマなので滅多に地上波などでは取り上げられないが(DVDには収録され販売されている)、二つの作品でのヒロインは似たような境遇にいるのに手をさしのべた人間がいるといないではこうも違ってくるのかと愕然とした。でも実際生活の底辺で必死で生きている世帯には本作の主人公・市子のようにヤングケアラーや社会保障を頼ることも出来ずただ隠れて暮らしている人間もいるはずで、それを真正面から取り上げたという意義は大きい。

市子の失踪から始まり必死になり捜索する彼氏、彼氏の前に現れる警察、徐々に明かされる市子の過酷な出自と情報を小出しにして物語を引っ張っていくミステリー的構成も見事で、いつしか我々も彼氏同様直視しなかった華やかな現代社会の裏にある底辺の世界を直視して気分が沈むはず。それと同時にそんな現実のなかで何とか社会で生きていこうとする市子のもがきが痛々しく伝わりやるせなくなる。

一方で市子が生きるために男を利用する術を自然と覚えてたぶらかしていく様子も描かれており、単なる弱者のドラマにしていない。確かに生きるために仕方なかったのかもしれないが、中盤の助けた同級生の男への対応はもはやファム・ファタールで利用されているのに善意の男気取りでいる彼が捕食されるのに気づかない間抜けに見えてゾッとした。ラストのあれはもはや食い終わったゴミにしか感じられない。

警察の存在が単なる情報を提供する役割に留まり終盤の展開に絡まなかったり(ミステリーに造詣の深い作家なら警察が彼氏を利用して捜査させるはず)、終盤の展開に『さがす』を見てると被る箇所がいくつかあったりと気になる点はあったものの、あのラストで帳消しになる。市子にとってもっとも充実した、幸福な時間…だけれどももう二度とそんな生活は訪れないという非情さに呆然とする。

最後のシーンを見ていると、『盤嶽の一生』での有名なテロップをもじった「夢を見て 夢を失って 市子よ 何処へ行く」という言葉がふと思い浮かんだ。

主人公を演じる杉咲花の名演もこの映画に大きく貢献しており、彼女がいなかったらこの映画の面白さは半減するはずと断言できるほど。前々から芝居が上手いと思っていたがまさかここまで凄いとは…。
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