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市子のvanのネタバレレビュー・内容・結末

市子(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

「朝一に間に合うように行くのタルいな。
 気になる映画じゃないけど。
 2本割で観たら得だから行くか。
 いや、やっぱりタルいな……。」

タイムマシンを手に入れたら、ベッドの中の私に会いに行って、目つぶし食らわせます。

良かった!
観れて本当に良かった映画でした!


【あらすじ】
川辺市子は、同棲していた長谷川義則にプロポーズを受ける。
その翌日、川辺市子は姿を消してしまう。
警察に届けを出すと、担当刑事は驚くことを口にする。
「川辺市子っていう女性は存在しないんですよ」
当惑を隠せない長谷川は、市子を探す決意をする。
やがて長谷川は、市子の驚くべき出自に触れるのだった……。


良質のサスペンス・ミステリーでした!

「失踪した市子を探す」という主題を追いかけながら、観客は市子の出生の秘密を目の当たりにします。
「白骨化した遺体」「殺人事件の犯人」という要素も、主題に絡んできます。
さらに名前を変えて生活した理由や、その事実も明らかになっていきます。

市子がこれらの要素と、どう関連が有るのか無いのか?
各エピソードの絡み合い方が絶妙です!
難しすぎず、平易になりすぎず。
複雑すぎず、簡単すぎず。
説明過多になっていないのは、キャラに印象を強く残す演技が効いていた証拠だと思います。また煩雑になりすぎないような時系列のシャッフルや編集も効果的でした。


人物の設定と役者陣の演技が、熱を帯びていました!
小泉正雄の、だんだん露呈してくるクズっぽさ。
北秀和の、市子に対するぎこちなさ、発露する正義の方向性。

そして長谷川義則の、想いと愛情を実直に示せる行動力。
冒頭の夕食のシーン、なんだか市子と話がかみ合ってない感じが出てて、大丈夫かなぁなんて、こっちが心配したりして。
でも良い彼氏ってことはすぐに解るし、話が確信に至るにつれ彼の気持ちや行動力が強くなって行きます。
彼が市子を心底想っている事が、きちんと観客に表現されるんですよね。
市子の出生や過去が重く苦しい中、長谷川の姿勢に心を浄化されました。

なんといっても、市子役の杉咲花さんの存在感!
不器用で陰があり、朴訥ながらも感情をしっかり露わにする姿に惹かれます!
更に多くを語らない(語れない)姿がとてもミステリアス。
男性はこういう女性に弱いんです。
食事のシーンや終盤の写真を見た時など。
大粒の涙がボロッボロッとこぼれて、真に迫っていました。
直前のそうでない時のとの落差がすごい!
感情の持って行き方が違うな。
役者さんは凄いなと、違う意味で恐怖を感じた瞬間です。


さて冒頭のシーンですが。
夕食を食べて長谷川が婚約届を出し、市子が涙を流す場面。

ここ、リフレインするのは、反則です!

直前の、祭りで焼きそばとビールを交換するシーンありますよね?
ここ、雰囲気が良すぎるんです!!
後に市子が「浴衣ええなぁ」と呟いて。
ああ、長谷川っていい奴だな。
きちんと覚えていてくれてたんだな。
そう認識させてからの反復は、禁じ手です!
涙腺がいくつあってもたまったもんじゃありません!

この作品、奇を衒った表現はあまりありません。
順当に正着に、効果が最大限生きるような構成も大変素晴らしいです。


繰り返されるオープニング。
煌めく海原、広がる地平線。
朧げな足取りで、歩く市子。
したたる汗、交じる鼻歌。
暗転する画面、流れる字幕。
鼻歌は止まず、延々と止まらず。

やがて訪れる、蝉の鳴き声だけが木霊する暗闇の中。
胸いっぱいに広がった余韻を、私はひとり心ゆくまで噛みしめました。
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