菩薩

彼方のうたの菩薩のレビュー・感想・評価

彼方のうた(2023年製作の映画)
4.3
スマホで地図を見せてくるのにGoogle先生のお導きには一切従うつもりが無い他力本願人間が嫌いなので私であればそもそものドラマが始まらない、だから私の孤独は私で癒すしかないのだと猛烈に痛感した。

とそんなのはもちろん関係なく、劇中にハマグチェの『偶然と想像』を観ている場面が出て来るが、言うなれば杉田協士の「偶然と創造」だと思った。小川あんはまるで『天国はまだ遠い』からそのまま抜け出たかの様な存在、パンフには「宇宙人」との表記があり、むしろそうだと断言してくれた方がすんなり来るが、いる様でいない様な、ある様で無い様な、半分霊的な存在としてしっかり人と人とを結び創造へと繋げ孤独を癒している。それはあたかも目には見えない神の見えざるケアをそのまま擬人化した様な厳かな雰囲気すら感じさせる、勿論過去の杉田作品のエッセンスを結晶化させた様な存在でもあるわけだが。

そもそもの始まりが(たしか)前作を偉く気に入ったプロデューサーに声をかけられそして自由に…との偶然がこの創造物へと繋がったらしいし、監督と俳優との相思相愛ぶりと言うか、互いに互いを信頼しおそらく阿と吽の呼吸で形作られていったのだろうとの余裕すら感じられる。例の如く何かが説明されたり派手な演出があるわけではない、ただ小川あんの「見る」と言う行為に端を発する物語(だからこそ小川あんのあの目が必要なのだ)の中には杉田作品の過去の息吹が脈々と息づき一種の杉田ユニバースとでも言うべき小宇宙を形成しているし、それを駆け抜けた先には春原さん同様に心地良い「回復」とでも呼ぶべき瞬間と一抹の寂しさとがある。冬の後には春が来る様に、雪子の孤独の根雪は春の視線に溶かされ今度は雪子が春に暖かな抱擁を授ける。お食い初めの場面の圧倒的な多幸感、あの空間に満ちた慈しみと友愛の心に、私は一人孤独を内に秘めながらナウシカのババ様の如くさめざめと泣いた、杉田作品の中には喪失もあれど対極の圧倒的な生がいつもある。

何かを見つめる事も、何かに耳を澄ます事もそれ自体が消滅し、可能な限り足早に正答に到達するのが正義とされる現代に於いては、もしかしたら100人に観せて99人がつまらない、分からない、怠いと、ただそれだけで唾棄する作品かもしれない。それでも一人の心をその底の部分から癒す事が出来れば映画にはまだ力も可能性もあるし、私は幸運にもそうなり得た一人の人間としてこの作品を全面的に肯定する。
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