映画をたくさん観るようになってから未だに4,5回しか出会えてない、そしてこれから何回出会えるかも分からない、「面白い」とも「スゴい」とも違う「これだ...!!(ドンピシャ)」の感覚を2024新作映画で味わえたことがとても嬉しいし、「記憶を消してもう一度観たい映画は?」と聞かれたら即答できるような作品に巡り会えたのが本当に幸せだった。
終始程よい距離感とテンポ感で描かれるメインキャラクター3人の"欠落"。それがその人にとって"仕方のない"ものなのか、"なんとかすべき"ものなのか、それともその両方なのか、解釈が観る人によって変わってくる映画なのだけど、その余地はただ筋を展開させるだけでは生まれないはず。この映画はちゃんとキャラクターの立ち居振る舞いで考えさせてくれる。常に台詞が軽快なユーモアに溢れているからこそ、嫌われ者のあるたった一言が胸の苦しさを浄化させてくれる。台詞だけじゃない。目線の会話やちょっとした相槌もそう。そういう部分が抜かりないから感情移入できる。良い映画っていうのは画面越しにキャラクターの体温が伝わってくるような気がする。温もりだけじゃなく冷たさも。
この映画の主人公ハナム(ポール・ジアマッティ)は全寮制の名門バートン校に長年務める歴史教師。独身。変だし融通が効かないので生徒から嫌われている。そんな彼が一応自身の言動を常に反芻しながら生きていることに、クリスマス休暇なのに家庭の事情で学校にたった1人置いてけぼりの生徒アンガス(ドミニク・セッサ)は、学校の外に出られない不本意の中、彼と接していくうちに初めて気づく。ハナムの負い目がどこから来るのか、そしてなぜアンガスはそれに気づける側の人間なのか、その理由もしっかり描かれている。ただ言動が面白いだけじゃなくてその根っこにあるものについて考えさせてくれるから完璧な脚本だと思う。そして今回特に際立っていたのは料理長のメアリー(ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ)。どしっとした風体でなんだか強そう。安心感がある。でも夫をずっと前に亡くし、ベトナム戦争によって唯一の息子まで亡くしてしまったから、一人ぼっちで彼の母校であるバートン校で料理をふるまっている。そんな彼女だけど、なるべくしゃきっとして今を生きようとしていることが言葉やタバコを吸う姿から伝わってくる。教師が人生の先輩として生徒の指標となる作品は今までたくさん観てきたけど、今回は教師も生徒も駄目なので、その2人をちょっと客観視する重要な存在。と思いきや...の部分で三角形の構図が見事に機能してくるのが本作の肝。
"強い人間なんて本来いない。だけど、人間は辛いとき互いに寄り添い合えるとても強い生き物なんだ。"
後半はそんなメッセージを受け取れるけど、クリスマス当日の特例で学校を飛び出すワクワク感や疾走感を経て描かれることで全然狙ってる感じもしない。とにかくずっとハイセンスなコメディで、台詞・演出・映像・音楽が完璧。でもそういうセンスが極まるとどうなるか。ちょっとした場面で、泣ける描写じゃなくても涙腺が来ちゃう。ある悲劇的な出来事も、ロングショットで映すことでたかが滑稽で、笑えたり、でもやはり可哀想だったりする。滑稽さに哀愁を感じられればきっといい映画の証。
父親の"死"と母親からの"拒否"による孤独と退屈を抱える生徒に、「今の時代や自分を理解したいなら、過去から始めるべきだ。歴史は過去を学ぶだけでなく、いまを説明することでもある。」と歴史教師は教えてくれる。歴史が好きな自分としてもここのくだりはそれなって感じだったけど、この映画はそこで留まらないんだな。このときハナムは、アンガスの父親の"死"の真相をまだ知らない。僕も知らなかったので、知ったとき衝撃のあまり心臓がバクバクした。知った先にハナムがどんな言葉をかけ、どういう手段をとり、そしてラストシーンのあの行動にどう繋がっていくのか。終盤まで見事だった。
シーンで言うと、レストランの駐車場でチェリー・ジュビリーを作るシーンが最高。映画館を出たあとの多幸感。現実で小さな幸せに気づけるようになることが映画を観る幸せだと僕は思う。