DJあおやま

悪は存在しないのDJあおやまのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.3
3月にオープンしたばかりナゴヤキネマ・ノイにて。補助席まで満席で、濱口竜介監督の新作を観られるぞという熱気に満ち溢れるなか鑑賞。
音楽とともに木々たちを映す長ーいカットを抜けると、『EVIL DOES NOT EXIST』というタイトルバックが現れ、この出し方も相まって早速痺れてしまった。その後、薪を割り水を汲むなど自然と生きる慎ましい営みの連続を見せられ、「会話もなくこんな調子で続くのか」と不安は過ったが、舞台である水挽町にグランピング場を作る計画の説明会のシーンから物語はゆるやかに進んでいく。
説明会のシーンでの、計画を進める会社の“高橋”・“黛”と町の住民たちの相容れなさに、胃がキリキリする思いだった。同じ濱口監督の『偶然と想像』でもそうだったが、平坦なんだけど観客を惹きつける会話劇はさすが。その後のコンサルとの不毛な会議のシーンも印象的で、コンサルがWEB会議に車中から参加するなど不誠実で、深く考えず小手先で解決しようとする、話が通じないものとして描かれていたのが面白かった。社長と住民たちの板挟みに会う高橋と黛が水挽村へ向かう車内で繰り広げる会話が、やたら長く描かれているのだけど面白い。ここでそれぞれの抱える背景まで語られ、人物像がよりクリアになりどんどん感情移入してしまう存在になっていく。だからこそ、うどん屋でのやりとりは少し微笑ましく、高橋の素直なんだけど言葉が薄っぺらに聞こえしてしまうところに愛着が湧いてくる。
キャストに知っている方はいなかったが、主人公の“巧”役の大須賀均の存在感は鮮烈。一心不乱に薪を割る姿に逞しさや頼もしさを感じる一方、どこか抱える闇や狂気が見え隠れする。娘の“花”役の西川玲ちゃんの声が澄んでいて、どこかファンタジックな存在感を放っていた。
原っぱへは行ってはいけない、半矢(=手負い)の鹿は人を襲う、グランピング場の建設予定地は鹿の通り道、などなど意識していないところに散りばめられた伏線たちが紡いだ、こちらの想像をはるか高く飛び越えるラスト。観た直後は、理解が間に合わず、あまりの飛躍ぶりに動揺するとともに「すごいものを観たぞ」と興奮した。神の使いである神聖な鹿が巧にそうさせたのか、大事だと言っていたバランスを取ろうとしたのかわからないが、『悪は存在しない』のタイトルバックにえも言えない恐ろしさを感じた。
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