ERIN

悪は存在しないのERINのネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

物凄い作品を観た。今まで観た映画の中でも指折り、今年1番の映像作品かもしれない。
感想をまとめるのがものすごく難しい。全部を理解できたとも思わないし、考察や解釈を連ねるのも野暮かなとも思う。今観たものはなんだったのか、何が起きたのか。ずっと劇中吸い込まれるようで時間が一瞬だったし、直後は放心状態で、帰宅後も長く余韻が続いた。

・カメラワークが初めての体験だった。人に焦点をあてているわけでもなく、意味深な余白、間の表現があった。おかわさび、鹿の遺体、手負いの鹿の親子など、「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」を感じて緊張した。

・林を下から見上げるオープニング、不思議と長いと思わなかった。音楽も相まって、美しくもどこか人間にとって「異なる域」に分け入っている、入らせてもらっている感覚があった。その後の花ちゃんの横顔のカットと静寂、そこから切り裂くようなチェンソーの音が先行きを明示しているような。

・巧のキャラクターについて、詳しくは描写されない。自然のことに詳しい町の便利屋さん。厳格なように見えて忘れっぽく、東京から来た2人に対してもぶっきらぼうではあるが対話の姿勢を見せてくれる。彼はどんな人生を歩んで水挽町に来たのか、なぜ最後高橋の首を絞めたのか。
巧だけでなく、町の住民一人ひとりの態度や行動原理について疑問や問いが残る。
(個人的に好きなのは金髪のお兄さん。夕食の時に真っ先に会社の情報を調べていたり、説明会の時に1番前の席で斜に構えていたり、いいあんちゃんだーと思った)

・日曜の劇場はほぼ満席。15分前にはもう残2の席だったし、パンフレットも見本版だけの残だった(購入できてラッキーだった)うどん屋さんでの会話劇、「それ味じゃないでしょ」「大丈夫、人手はあるから」では笑いが漏れていて、ほっと緩和できるいいバランス感だった。

・「水は上から下に流れる」「やり過ぎたらバランスが壊れる」バランスが崩れる、ではなく壊れる。
だんだんと感情移入する対象が変化していき、田舎と都会という二項対立ではなく、人間と自然という俯瞰した構図になっていく。自然はただそこに在るだけで、善も悪も孕んではいない。その意味で自然の中に「悪は存在しない」。
しかし、手負いの鹿が人を襲うように、触れると枝の棘が刺さるように、人に危害がくわわる場面がある。それは果たして悪と言えるのだろうか、我々の存在とは何か…



今まで自分は起承転結や伏線回収が巧みな物語に対してスッキリさを感じ、そこに映画としての面白さを見出していると思っていた。が、今回実はそれだけじゃなかったのかもしれない、という気づきを得た。鑑賞者として楽しみを享受できるものの範囲、ゾーンがぐっと押し広がった感覚がした。
観たことでいろんなことに想いを馳せられる、ぐーんと思いもよらなかったところに連れて行かれる、持っていかれる。
観た後の人生観やものの見方、捉え方をまるっと変えてしまうような、すごく印象的な作品。こういったものを面白がれることがとても嬉しい。

意外性を解決しないで幕を閉じる、投げっぱなしの映画、こんなに面白い映画が存在してるんだ!という発見が大きな収穫だった。
ERIN

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