凛葉楓流

悪は存在しないの凛葉楓流のレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
3.8
ゴダールですよね。タイトルの赤青フォントはもちろんのこと、音楽のシークエンスを無視したぶつ切りが、めちゃくちゃゴダール。この時点で、この映画は構造を書き出して、分析して、メタファーを読み解き、分かったような気にはなれるような、ある種の映画ではないのだと悟った。逆に言えば、イメージがそのまま飛翔する、素晴らしい映画ではあるということだ。

冒頭そして中盤に挿入される、空にカメラを向け移動するショットは、頭ではわかっているのだけれど、ふと落ちていくような感覚に陥ってしまう。それはカメラの水平方向の運動に比べて、垂直方向の移動は稀で、それは強い印象を僕たちに与えるからだ。そして中盤のこのショットは、少し斜め方向に撮影者が移動していることからも、この攪乱を狙っているのは間違いない。
......とは言いつつも、このショットが”この物語”にどう接続するのか、どういった意味づけをすればいいのか、全く見当がつかない。

ロハス、エコロジー的な立場の作品も嫌いではないのだけれど、ある種のリベラルの押し付けというか、「そりゃあ、あなたたちと同じ政治的立場ならわかるだろうし、僕も理性では受け入れられるんだけど、仲間ではない人に語り掛ける意思はないんですね」とでも言いたくなるような作品がフォーマットを問わず多い。特にこういった自然愛好的なものは。
けれど最高なのは、グランピング施設を作る側の、特に車内での、最悪な会話。というより、あの胡散臭い白Tジャケットの最悪な男が最高。なんともいえない、ちょっと避けたい俗っぽい空間を見せられることになるとは思わなかった。「ここで煙草吸ったら、最悪?」「俺ここで暮らすわ!」じゃないんだよ笑
うどん屋での「それって味の感想じゃないですよね」って台詞では劇場内で大きな笑いが起きた。本当に素晴らしい作品は、コメディでもある。

そして、圧巻というより突き放されるラスト。鹿に触れた少女、他人には不可知で、理不尽にしか見えない暴力。そして最後の荒い息遣いは誰のものなのか?悪は存在しない......この単純な否定形はどう捉えればいいのか。
あのRadioheadのダブルミーニング、Everything In Its Right Place(全部上手くいく、もしくは全ては無駄だ)のように、言葉はただ宙吊りにされているようで、おそらく作り手は、強くその答えを信じている。
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