すえ

悪は存在しないのすえのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.5
記録

今作は非の打ち所のない傑作だろう。ただ、 それゆえに少々物足りなさを感じてしまうのも人間の不思議なところだ。しかし、日本でこれを撮れるのは濱口ただ独りという事実には変わりがない。

他者との断絶、コミュニケーションの不可能性の呈示、そういった不可視の表象といった濱口的主題や、ユーモアは今作でも保持されている。それでいて本質的な“広さ”が導入されており、今までとは違う変化を感じる。

画はロケーションを決めた時点で濱口の勝利が確定していた、強いったらなんの。キャメラの運動や導線も、本当に天才的な感覚。獣のような低い目線で、自我を持ったように被写体を追う。

画面に霧が充満する長回しは、タルコフスキーの『ノスタルジア』以来のショットだった。ところで、タルコフスキーと濱口との“水”の類似性についての言説を見かけることがあるが、やはり両者は決定的に違っている。以前から似て非なるものだと感じていたが、今作でその違いがより決定的になった。タルコフスキーは神的な表象としての水であり、精神的な“水”と言えるが、それに対し濱口における水は物質的なんだと思う。お互いに同様に美しさは備えているが、そこには次元の違いが存在しているはずである。

濱口が追求している暴力は今までとは違い、会話よりも音楽やキャメラに宿る。それらの発生や停止の突発性、残虐性に我々は驚かされる。直接的な暴力はほんの一瞬、しかも不可視の暴力を同時に抱えながら描写される、その残酷さは到底計り知れない。

そしていつも通り濱口映画の乗り物の面白さも味わえる、自動車の揺れがそのまま画面の揺れとなり、その揺れがまた被写体の揺れを引き起こす。揺れる被写体は、葛藤を抱いているかのようである(実際葛藤を抱いている)。

映画館で観てよかった、濱口竜介にはこれからも日本映画を牽引していって欲しい。

2024,133本目(劇場48本目)5/21 シネ・ヌーヴォ
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