麻生将史

悪は存在しないの麻生将史のレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.3
言外の魅力に惹きつけられた映画だった。けっこう好き。

突飛な感想だけど幽霊映画だなと感じた。それも人の幽霊とはではなく、「自然の」というか、「森自体の」というか、何か私たちには計り知れない存在の幽霊がこちらを見つめているよ、みたいな印象をずっと受けていた。

何かがそこにすっくと立っていてつーーとこちらを見つめてくる、みたいな。例えば繰り返される水汲み場のシークエンス、作業するひとの真正面に何かいる、ように感じる。最初の水汲みでそちらの方から枯れ葉がふよふよ流れて来て、それを巧が柄杓ですくってのかすというキュートな場面があったが、あれもなにか感じるものがある。

冒頭の空を背景に木の枝を延々映していく場面も(後の編集で花ちゃんの視点だったと分かるものの)、何かふよふよしたものが森に浮かんでて、オフィーリアよろしく森下りでもしてんのかなとちょっと思った。

そしてその感覚が結実するのが終盤の鹿の面だ。めちゃくちゃ怖かった。かなり遠いジャンルだけど、シンウルトラマンのティザービジュアルみたいな。コズミックホラー的なものさえも感じさせるような迫力だった。

じゃあこの映画の評の中でよく見る「不穏さ」みたいなものを感じたかというと、僕はそうでもなかった。
確かに音楽の断裂などからも印象付けられるように、計り知れないし、不気味ではあるんだけど、人物を水平あるいは下から撮る視点が多いからか、むしろかすかにユーモラスな印象を受けた。(これが例えば歩く登場人物を真上から見下ろすシーンがあったりすればこの印象は変わってたと思う)
彼らは、ちょっと微笑みながら人間たちを観察している、みたいな。害意はないっぽい。じゃあ仲良くできかもともっと近づいてみると、あ、全然微笑んでない真顔だったわこっわ、みたいな。

人間から見た世界では計り知れない何かが存在している、そう感じさせてくれる映画だった。


・主人公の佇まいが素晴らしい。この映画に最高の説得力を与えている。「上手い演技」ってなんとなくの固定観念があるけど、もっとオルタナティブな演技のバリエーションがあっても良いのだろうな。『東京ゴットファーザーズ』の声優さんとか『風立ちぬ』の庵野監督とか、馴染みのない風合いがかえって作品に利する。

・軽妙な会話劇がやっぱり素晴らしい。
「そういえばバックは」「学童」「おい」
「想像通りでしたクズばっかりで」
「体が、とってもあったまりました…!」「それ味じゃないですよね」
「大丈夫、人手ならあるから」(あ、俺たち働かされるんだ…)

・あとコンサルの野郎がめちゃくちゃコンサルの野郎で感心してしまった。

・牛のほっかほかの糞尿とそこから立ち昇るもっくもくの湯気。しかも綺麗な映像で。あんな綺麗な糞尿と湯気見たことなかったからか、印象に残った。
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