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悪は存在しないのxoのレビュー・感想・評価

悪は存在しない(2023年製作の映画)
4.5
映画のさまざまな面白さに満ちた傑作。細部までデザインされた音や画面、複雑で深みある人物造形、普遍的なテーマ、共感できるヒューマンドラマ、緊張感あるサスペンス、劇的な展開。数々のメタファー、重層的・多様に開かれた解釈、鑑賞後の鮮烈な余韻。濱口監督は映画監督というよりアーティストだなと思った。

序盤は音が印象的。作品世界に誘うようなスローな導入部に続き、言葉よりも音が作品を引っ張っていく。淡々とした作業風景とともに、丁寧に配された様々な環境音に魅了される。どこかASMR的な快楽を感じるところもあったり。光の使い方といい、原初的な映画体験の楽しさがある。

東京から業者がやってきて対立構図がはっきりしてからは物語としての面白みが増してくる。
テーマは権力構造と搾取の連鎖。描かれているのは場面や規模の大小問わずあらゆる権力の関係に代入できるもの。東京と地方、原発や米軍基地然り。去年の「理想郷」を想起したり。
わずか数名の企業の内部論理は、間違っていても軌道修正できない日本社会の縮図でもある。インパール作戦、東京五輪、大阪万博。。

東京からやってきた二人や主人公も交えたやり取りには微笑ましいものがある。しかしながらハートウォーミングには着地させない。その想いがいかに純粋であろうとも容赦なく突き放す。"憧れ”にある認識の甘さや現実の過酷さを突きつける。たいていの監督であれば「美談」としてスムーズに進めているだろうに、すごい。。

何気ないシーンの随所から染み出てくるものの味わいも豊か。説明会での"動画"の感じとか、コンサル男の車の革のハンドルが主張してくる感じとか、電子タバコと紙タバコの使い分けとか。なんとも言えないニュアンスのレベルでめちゃくちゃ考え抜かれている。ガラス越しに見つめる少女、ZOOM画面内の振る舞いなど、"フィルター"と対象の相対化も巧み。

クライマックスの劇的な展開は、映画を面白くするための仕掛けでしかなく、どちらでも良いと思った。見終えた後の余韻や考察の余地含めての映画体験を提供してくれる、濱口監督のサービス精神を感じた。

「都会の人は田舎にストレスを投げ捨てに来る」はとてもキラーなフレーズ。。東京の劇場から、ある種の羨ましさのようなものを抱きながら見ていた自分自身にボールを投げ返されたような感覚になった。
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