このレビューはネタバレを含みます
いま見ているのは天か地か、そんなことがぼんやりとわからなくなっていくような印象的なファーストカットだった。
町民からの信頼が厚いといわれるその男は朴訥でポーカーフェイス。目は口ほどにものを言う。かつ一つひとつの言葉に重みを感じる説得力と凄味。地に足ついているがどこかミステリアスで掴みどころのないような魅力的なキャラクターであった。巧と花は、あれは鹿の親子だったのだと言われたらそうですかと納得してしまうと思う。(この辺りの鹿は絶対に人間を襲うことはないと言っていたが……)
映画として見せるからといってストーリーの構造を安易に「都会vs.田舎」や「善と悪」といった二項対立に帰着させず、複雑性をはらんだまま収束する。登場人物たちもまた最初の印象とは違う側面が見えてくるのだけど、どんな側面が出ようとそれらがとっ散らかることなく1人の人間がもつ多面性としてスッと受け入れることができた。
煙が燻る。霧が出る。湯気が立つ。
奇跡的で神がかった瞬間がたくさんあった。
ある種のヒーリング効果というか、ただそこにあるだけでどうにも美しい自然の素朴な映像や音響にどんどん惹き込まれていった。
ラストで高橋の身に降りかかった災難には、打ち解けたと思っていた動物がある日突然牙を向くような、自然の脅威にも似た残酷さを感じしばらく放心した。でも巧のあの行動それ自体には特に意味はないようにも感じた。
語り口としてはたくさんあっていろいろな解釈ができるのは楽しい。細部を追いたくなるような映画だ。
また観たい。