KnightsofOdessa

伯爵のKnightsofOdessaのネタバレレビュー・内容・結末

伯爵(2023年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

[チリ、ピノチェトから受け継がれ生き延びる負の遺産] 80点

2023年ヴェネツィア映画祭コンペ部門選出作品。パブロ・ラライン長編10作目。チリ軍事政権の独裁者アウグスト・ピノチェトは、実は御年250歳となる吸血鬼だった。フランスの孤児院で育ち、ルイ16世の国軍に入隊するも、フランス革命では王の味方をしなかった。処刑されたマリー・アントワネットに魅せられた彼は、あらゆる革命に反抗するためハイチやロシア、アルジェリアと世界中を回ることとなって100年、今度は王の居ない国で王となるため、1935年にチリに上陸した。そこから先は御存知の通り、2006年に死んだふりをしてからはパタゴニアの別荘で隠居生活を続けている。そこに"父親が死ぬらしい"と聞いた五人の子供たちがやって来る。そのうちの一人は会計士としてうら若き修道女カルメンを連れてきていた。カルメンは相続に該当する遺産を洗い出すべく、屋敷にいる面々にインタビューを重ねていく。そこから分かってくるのは、ピノチェトがただのクソガキであること、子供たちが"ピノチェトの影に隠れて利益を得ていた人々"のメタファーであること、妻ルシアとピノチェトの"忠実な"執事フョードルはピノチェトに良いように使われてきたことだ。特にピノチェトのガキっぽさは随所で描かれており、今まで自分がしてきた"素晴らしい仕事"を正当に評価されてないことに不貞腐れ、クーデターも虐殺も隠し財産も全て人のせいにし、若い女に恋し、"軍服"を着ることに憧れを持っている。この憧れはケースに入れたコスチュームを眺め、それを着てバットマンのように空を飛ぶという、ある意味で"ヒーロー"への憧れのようでもあり、マリー・アントワネットに惚れたことで集めだしたフランス貴族なりきりセットに代表される、高貴なものへの憧れのようでもある。ガキとくれば母親が登場するわけで、ここではなんとマーガレット・サッチャー(史実ではフォークランド紛争時にアルゼンチンの情報をピノチェトが横流しして以来の仲良し)である。この辺の現代史・政治史はあまり詳しくないので深入りは出来ないが、二人が悪意を持って若返っていることを考えると、彼らの撒いた種が現実世界で着実に育っていることが示唆されている。子供たちも全員がしっかり遺産を継いで生き延びていることから、ピノチェトたちも生き延びている、なんならカルメンの追及が届いていないことも示唆されている。

一方のカルメンも様々なメタファーを体現する人物である。目を大きく見開いた顔が多く登場することから、『裁かるゝジャンヌ』のルネ・ファルコネッティを引用している人も多い。そんな彼女は"悪魔の誘惑にわざと乗ってでも最終的に倒す"というくらいの狂信的な悪魔祓いとして送り込まれるわけだが、結局は"権力者の血筋"たる吸血鬼にされてしまい、ピノチェトの軍服とは真逆の真っ白な修道服で、吸血鬼にしかできない空中浮遊をやってのける。それは、一般市民でしかなかったカルメンが"力"を手にした瞬間である。ただ彼女はその力を自身の権力強化には使わず、あくまで教会への献身のために使うのが興味深い。

結局、最終盤の茶番劇は冒頭のフランス革命期の再演という感じで、ピノチェトが本作品の中で辿った道をそのままたどり直す未来が見えてくる。彼の"遺産"を相続した人々は、追及も躱して、現在でものうのうと生き延びているのだ。
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