ナガエ

人間の境界のナガエのレビュー・感想・評価

人間の境界(2023年製作の映画)
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いやー、ホントに、これは凄まじかった。その凄まじさを説明するためにまず、公式HPに書かれている「ポーランド政府からの映画上映の妨害」について触れておこう。

「ポーランドの凄まじい現実」を暴き出した本作に、ポーランド政府は激しく反応し、本作を上映する劇場に、上映前に「この映画は事実と異なる」という政府作成のPR動画を流すように、と通達を出したそうだ。しかし、ほとんどの独立系映画館がその命令を拒否し、また、多くの映画人が本作監督を支持し、「政府vs映画界」という異例の状況になっているそうだ。

まあ正直、「政府がそんな過剰反応をしている」という事実が、「これが実際に起こっている出来事だ」というメッセージを含んでしまっているので明らかに愚策だろう。まあそんなわけで、「本作で描かれていることは現実に起こっていること」と捉えていいのだろうと思う。

ただ、決して擁護するつもりはないのだが、確かに「ポーランドの酷い現実」が本作では描かれているものの、その本質的な問題は隣国ベラルーシにあるように感じられた。

本作で扱われるのは、「中東からの難民が、ベラルーシ経由でポーランドを目指す」という物語だ。ポーランドはヨーロッパでEU加盟国だ。だから彼ら難民は、ポーランド入りさえなんとかなると考え、ポーランドを目指しているのである。

しかし驚くべきことに、ポーランドの国境警備隊は、ベラルーシから国境を抜けてきた難民を”違法に”ベラルーシに送り返しているのだ。「違法」というのは、人道支援団体のメンバーが口にしていた言葉だったと思う。そして恐らくだが、EU加盟国はたぶん、「難民を受け入れないといけない」みたいな条約を結んでいるんじゃないかと思う。だから「違法」というわけだ。しかし国境警備隊は、もちろん政府の指示を受けてのことだと思うが、難民を見つけ次第トラックに乗せ、再びベラルーシまで送り返すのである。

これだけ捉えると、ポーランドが酷く映るだろうが、僕が本作を観て判断した限りにおいては、そう話は単純ではなさそうである。

まず、本作では国境警備隊側の描写も描かれるのだが、そのミーティングの場で、ベラルーシからポーランドへと国境を越えてくる難民を「ルカシェンコの生きた銃弾」と表現していた。ルカシェンコは、ベラルーシの大統領である。そして「ルカシェンコの生きた銃弾」という表現は、「EUに加盟していないベラルーシが、EU加盟国に打撃を与えるために、中東からの難民を敢えてポーランドに入国させている」という意味が込められているのだと思う。

それを裏付ける描写もあった。映画の冒頭の方で、ある一家がベラルーシからポーランドへと国境を超えるシーンがある。両国の国境には鉄条網みたいなものが置かれていた。そして、一家が国境を越える前、彼らはベラルーシの国境警備隊に呼び止められる。そして、”彼らの協力を得て”、一家は鉄条網をくぐり抜けポーランドへと入っていくのだ。

つまり、「ポーランドへの入国を、ベラルーシの国境警備隊が手助けしている」のである。公式HPにも、「ベラルーシ国境警備隊が意図的に開けた抜け道を通っての非合法な越境」という表現がある。ベラルーシの思惑がどこにあるのかは本作だけからはわからないが、いずれにせよ「ベラルーシが意図的にポーランドに中東の難民を送っている」ということは確かである。

さらに驚くべき状況も映し出される。先程書いた通り、ポーランドの国境警備隊は、難民を見つけるとベラルーシ側に送り返している。しかしベラルーシの国境警備隊もまた、隙を見つけて(なのかどうなのかわからないが)は、ポーランドから送り返された難民を再びポーランドへと送り返すのだ。両国の国境付近では、こんなやり取りが常に行われているそうだ。作中に登場する難民は、「もう5~6回もサッカーボールみたいに行ったり来たりだ」みたいなことを言っていた。

このような状況を踏まえれば、「ルカシェンコの生きた銃弾」という表現も納得行くだろう。ベラルーシの思惑がポーランドに向けられているのか、あるいはEU全体に向けられているのかなどは不明だが、ともかくポーランドとしてはたまったものじゃないだろう。

そしてこのような状況を踏まえ、ポーランドとしては「難民は受け入れずに押し返す」という方針を取り続けているのだと思う。ちなみに本作は、2021年10月を舞台にしている。つい最近の物語である。

さて、ベラルーシのやり方は確かに最悪だが、しかしだからと言って、難民を押し返していいはずもないだろう。しかし実は、それどころの話ではないのである。

本作では、人道支援団体による救助活動も映し出される。しかし、活動にはかなり制約がある。ポーランド政府は国境付近(基本的には森の中)の広い部分を立ち入り禁止区域に設定し、ジャーナリスト・医師・人道支援団体の立ち入りも禁止したのだ。難民が立ち入り禁止区域にいた場合、救助することが出来ない。その場合、難民に待ち受けているのは「国境警備隊に見つかってベラルーシに送り返される」か「怪我や寒さなどで命を落とすか」である。

また、人道支援団体が難民たちに「今後の身の振り方」を説明する場面も映し出される。選択肢の1つは「難民申請を出すこと」である。人道支援団体としては、その申し出があるのならサポートをする用意はある。しかし、難民申請を待つ間は、劣悪な収容所で待つ必要があり、さらに難民申請は通らないことの方が多い。それに、難民申請したら国境警備隊にも通知しなければならない義務があるようで、そのような様々な要因を考慮して、人道支援団体は「難民申請は勧めない」と話していた。

では他にどんな選択肢があるのか。人道支援団体の代表はその後で、「申請が無い場合、皆さんをここに残すしかない」と伝える。それ以上踏み込むと、支援団体も危険な状況に追い込まれるからだ。

つまりベラルーシからポーランドに不法入国したものに与えられた選択肢は、「酷い扱いを受けながら通る可能性の低い難民申請を出す」か、あるいは「この森で生きていくか」のどちらかだというわけだ。人道支援団体としても苦渋の決断というか、もちろんそんな扱いをしたくないわけだが、しかし彼らが警察などから付け入られる隙を与えてしまえば、食料や衣服を持ってくる支援さえ継続することが出来なくなってしまう。せめてそうはならないようにという、ギリギリの決断をしているのだ。

そりゃあ、ポーランド政府も「この映画は事実と異なる」なんていうPR動画を流させようとするだろう。EUに加盟している国が行っていることとはとても思えない出来事だからだ。

監督は元々、友人のカメラマンと共に国境の問題を追っていたのだが、政府が国境を閉鎖したことで情報が途絶されてしまう。しかしそれでも彼女は、「自分は映画を作ることが出来る」と、映画製作を決断したそうだ。妨害を防ぐために撮影場所やスケジュールは極秘、そして24日間という超短期間で撮影を行い、「政府が隠蔽しようとしていた凄まじい真実」を炙り出す作品を生み出したというわけだ。

事前の情報をまったく何も知らないと、冒頭からしばらくの間状況が全然理解できないと思うが、「ベラルーシが押し込もうとしている難民を、ポーランドが押し返している」という現実が理解できると、映し出されている現実に圧倒されてしまうだろう。全編モノクロの映像も「血が通っていない現実」という印象を強めるし、さらに「そういう中でも、人助けをしようと努力する者もいる」という状況をより印象的に映し出せてもいると思う。

映画のラストで、2022年のウクライナ侵攻の際の状況が”皮肉的に”描かれていることもとても印象的だった。ポーランドはウクライナ侵攻の際、隣国ウクライナから2週間で200万人もの難民を受け入れたというのだ。

しかしその一方で、2014年の難民危機から既にヨーロッパの森や川(確かポーランドに限定されていなかったと思う)で3万人もの難民が亡くなり、「これを書いている2023年現在も、多くの難民が死んでいる」と説明されていた。確かに、「隣国ウクライナの難民」と「中東からの難民」では扱いが変わるのも当然かもしれないが、それにしても、そのあまりの差に驚かされてしまう。

思いがけず凄まじい作品だった。ストーリーも人間ドラマも映像もとても良かったと思う。「政府を糾弾するような作品」で、物語的にもよく出来ている(しかもそれをたった24日間で撮った)というのは、ちょっと驚異的に感じられる。本作は様々な賞を受賞しているようだが、それも納得の作品である。152分とちょっと長い作品ではあるが、是非観てほしいと思う。
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