無影

人間の境界の無影のネタバレレビュー・内容・結末

人間の境界(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

より多くの人に観てほしいという願いを込めて、★5。
ポーランド政府が上映妨害したのも分かるぐらい、痛々しい描写で満ちた2時間半でした。ボールのように難民が国境線を投げ交わされる姿は、本当に胸が痛かったです。ノン・ルフールマン原則の重要性がよく分かりましたし、まさしく人間と物との境界が混沌とした現場でした。
日本で難民問題というと、主に異常な難民認定率の低さと入管による被収容者の虐待が挙げられますが、たまたま日本に地続きの国境がなく本作のような残虐性が表に出にくいだけで、問題の悪質性はポーランドやベラルーシと変わらないです。特に、両国の国境警備隊の姿は、日本の入管職員が国を守るという大義のために被収容者に苛烈な虐待をしているのと重なりました(これについては『牛久』に詳しい)。難民条約を批准している以上、日本は世界基準に則って難民認定をし受け入れる法的義務を負っていますが、実現されていません。国際社会に良い顔するために条約は結んでおきながら、実体は伴っていない現状は変えられなければなりません。
一方、難民を受け入れようというと、必ず国内の治安悪化や需給バランスの崩壊を主張して反対する勢力が出てきます。確かに、ベラルーシのように、共同体の破壊を狙って「人間銃弾」として難民が送り込まれてくる事態もあり得ますし、過剰に難民を受け入れれば、行政の財政ひっ迫や資源や雇用のバランスの崩壊を招き得ることは、ヨーロッパ諸国を見ていても想定されます。だから、まずは難民を生み出している原因を絶つことが何よりも重要です(個人的に自国民を蔑ろにして内戦にふけ込むシリアのような政府に統治権なんて認められないと思いますが、それは国際法上何ら根拠もないので、ただのうわ言)。しかし、それは直ちには実現できないので、やはり平和な他国による難民の受け入れが必要となってきます。その点、本作は、受入国の国民と難民の共存の可能性を示唆していました。例えば、国境警備員のヤンの家に侵入したのは、国境警備隊に追われて食べるものもままならない難民たちでした。一方、ユリアたちに保護されて裕福な家庭に迎えられた難民の少年たちは、うまくそこに溶け込み、今後ポーランドで暮らしていけそうな気配がありました。つまり、適切な保護を与えれば、治安の悪化という懸念点は解消されそうです。もちろん、本作のように簡単に行くとは思いませんが、実際、西川口の団地では、急激に流入した中国人との軋轢がありながら、住人たちが積極的に交流会を催してうまく共存しているという例があります。難民だから犯罪者になるのではなく、難民だからと適切な保護が与えられないから犯罪に走りやすくなってしまうのです(無論そうでない人もいるし、保護を与えたとて犯罪に走る人もいるでしょうが、それは国民も同じ)。もっとも、来る難民全員に保護を与えていたら財政ひっ迫や需給バランスの崩壊を招くという懸念は残りますが、その負担を均等に割り振るための枠組みが難民条約ではないでしょうか。つまり、主に条約批准国がその能力に応じて難民受け入れの負担を分かち合えば、経済的懸念も払拭できるはずです。囚人のジレンマではありませんが、つまるところ、国際社会が足並みを揃えることが最適解のように思われます。
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