マナブキモト

ぼくは君たちを憎まないことにしたのマナブキモトのレビュー・感想・評価

3.5
『Vous n'aurez pas ma haine』
2015年11月、パリで起こった無差別テロ。ライブ会場に向かったエリーナ。息子と共に家で帰宅を待つ夫アントワーヌ。不穏なサイレン音と知り合いからのSNSで事件を知り、途方に暮れるアントワーヌ。
悲しみに包まれ、妻の亡骸に対面した後、アントワーヌはfacebookに綴る。「君たちはぼくの憎しみを持ち得ない。憎しみは君たちの望むところだ。ぼくは息子と幸せにい生きる。それこそが君たちへの反撃なんだ」と。
作家であるアントワーヌの言葉は詩的で知的で美しい。メディアもそれに飛びつく。インタビューも受ける。そんな表の顔とは裏腹に、悲しみや苦しみに苛まれる日々。そして日常は続き、携帯の中にだけ存在する妻の笑顔に、泣いたり癒されたり…。
ことばが人を生かす。彼のメッセージである”Vous n’aurez pas ma haine”(君たちは僕の憎しみを持てない)は多くの人に届き、共感を呼び、それが彼にも伝わる。彼のことばが彼を前に進めさせてくれる。
対照的に息子には言葉が通じない(何を言ってもわかってくれない、幼いからそれは当たり前だが)。象徴的なのは息子が読み聞かせの本をシャワー部屋に投げ入れる場面。母の不在を、言葉で自分に理解させようと思っても無駄だからな、という息子から父への宣言にも思えた。
邦題が秀逸。最愛の人をテロで失った主人公が、生き残ったもう一人の最愛の存在と「普通に」暮らすという宣言。復讐という関わりさえ持たない、世界を傷つける人たちへの高らかな絶縁宣言。
多くを考えさせてくれる、素晴らしい作品。
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