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52ヘルツのクジラたちのiccoのレビュー・感想・評価

52ヘルツのクジラたち(2024年製作の映画)
3.9
クジラの歌声って聞くとロマンチックに感じるのに、この52ヘルツのクジラの歌声は泣き声に近いイメージがある。
届かない声を聞くには、同じように届かない声を持つしかないのか。
知った痛みだけを感じていたのでは、この世の不公平も不幸も決して消えないだろう。
杉咲花の貴瑚、すごかった。

貴瑚を廃人の状態から救い出した安吾だけど、安吾の苦悩は貴瑚のそれより見ようによってはしんどかったと思う。
変えられるものと変えられないもの。
心と体は一体化しているので、切り離しては生きていけない。
この世の地獄を生き抜くにはそのままの自分を受け入れてくれる愛が必要だという事をまた思い知った。

原作を読んで思う。

52ヘルツの鯨について考える。
知らなければ気づかずにいた孤独が、仲間がいるかもしれないと知ってしまった時にどれほどの重さでのしかかってくるのかと想像したら、とてもじゃないけど立っていられないわね。
一人で楽しく歌ってた歌が、実は仲間を呼ぶ手段だと言うことに気づいてしまうのだろうか。それとも最初から、仲間を呼ぶために歌ってるんだろか。どちらにしても壮大な寂しさは消えない。

そして貴瑚はそれを自分の境遇と一緒だと考える。
仲間であるはずの家族の中で、一緒に暮らしているのに自分の声が届かないってどんな感じなんだろう。
『ウーマン・トーキング』の時も、同じコミュニティの中で同じ思想を持っていたはずの男性と通じる言葉を女子は持たなかった、言葉がまるで通じない人たちとの暮らしを強要されていた、と私は思ったのだけど、この話を読んだ時にも思った。

こんなに色んなものが発達した今でも消えない児童虐待、毒親、LGBTQ、介護のような社会問題が、貴瑚の人間関係を通して複雑に絡み合っていく様、いや、後半になるにつれ絡まっていたものを解いていく作業になるのか?何より貴瑚の全てを変えたアンさんだけど、アンさんのペンチで掴んで捻るような猛烈な心の痛みと葛藤がとにかく強烈で、読み進めるのが辛かった。

貴瑚の名前は、珊瑚の一部にもなってて、とても美しい意味をもつ素敵なお名前だと思う。生まれた時はきっとすごく大事に思ってつけられた名前のはずなのに。
虐待で亡くなる子どもの名前を見てると、熟考された可愛いお名前が多い。
そういうニュースを見るたびに、生まれた時は絶対みんな生まれてきてくれてありがとうの気持ちで名前をつけたんだろなぁと思わずにいられない。
心から悲しくなる。

いまこの瞬間にも52ヘルツの歌声を放っている人々が沢山いると思う。
出来るだけその声を聞き逃さないように、キャッチできるように、自分のアンテナを日々チューニングし直していかないといけないなと思う。
泣ける映画とかじゃない。
心が痛くて自然と流れる涙もあるのだ。
icco

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