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Yannick(原題)のakrutmのレビュー・感想・評価

Yannick(原題)(2023年製作の映画)
4.5
上演中の舞台劇がつまらないとクレームをつけ、自分が書き直した脚本で再演するように銃で脅しながら要求する男性を描いた、カンタン・デュピュー監督のコメディ・サスペンス映画。

『Le Cocu(寝取られ男)』という3人芝居の最中に、ヤニックという男が突然立ち上がって、つまらないとクレームをつける。久しぶりの休暇日に1時間もかけて劇場に来たのに、こんなつまらないものを見せられて、どう責任を取ってくれるのかと。舞台上の俳優に出ていけと強く言われて一旦は劇場の外に出るのだが、劇場内で自分のことを物笑いの種にしている声が聞こえたため、ヤニックは拳銃を持って劇場内に戻り、劇場全体を人質に取ったような形で、自分に脚本を書かせるように要求する。そんなストーリーが小ネタを挟みながら展開していく。

他のカンタン・デュピュー作品とは毛色が異なっている。若返る穴とかでっかいハエとか不条理なモノは出てこない。ヤニックという人物そのものが不条理と言えなくもないが、あり得そうなシチュエーションでもある。何よりも、虚実の境界が実は微妙である演劇の性質を利用したストーリーが素晴らしく、どんな結末になるのかを想像しながら楽しめる上質な娯楽作品である。

この作品を見ていると、演者と観客の暗黙の了解のもとで舞台劇が成り立っていることがよくわかる。映画などと異なり、演者と観客が時空間を共有しつつ、舞台上だけは虚構であるとの想定が劇場全体で了解されている。その了解を破って、この映画の主人公ヤニックは現実世界から舞台上の虚構世界をコントロールしようとする。その結果、彼の脚本によって舞台上の俳優が演じることは果たして虚構なのだろうか。ヤニック自身は舞台上で演じないのでずっと現実世界にいることになるが、でも、彼自身もあらかじめ仕込まれた俳優だとしたらどうだろうか。本作での観客の反応は、ヤニックが現実世界にいるのか虚構世界にいるのかを迷っていると解釈することも可能であるし、実際に後半の展開はそれを強く匂わせている。そういう意味でも、どちらにでも簡単に転ぶような微妙なバランスのもとで進んでいく本作のストーリーは魅力的なのである。

そして、ヤニックを演じたラファエル・クナールの演技も素晴らしい。ちょっと頭のおかしいクレーマーが最後のほうで愛おしくなるという、ちょっと不思議なキャラを魅力的に演じている。2023年に主演作が立て続けて公開されているラファエル・クナールは、将来有望な若手俳優としてフランス国内で注目が集まっているようである。
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