ビンさん

生きないのビンさんのレビュー・感想・評価

生きない(2023年製作の映画)
4.0
シアターセブンにて、11月11日の初日、14日の追い2生きないを鑑賞。

監督の蓮田キトさんの名前を最初に見かけたのは、澤佳一郎監督の『アリスの住人』だった。
おそらくペンネームだろうな、とは思っていたが字面のインパクトで強く印象に残っていた。

今年の春に『いずれあなたが知る話』が下北沢トリウッドで上映され、クラウドファンディングさせてもらった作品だったので、僕もトリウッドまで観に行ったわけだが、ヒロインのDV夫を演じてらっしゃたのが蓮田キトさん。
舞台挨拶後にパンフにサインをいただいた時に、本作(『いずれあなたが〜』)は『アリスの住人』の出演者も多数出てますよ〜というようなことをお話してもらった記憶がある。

その後、夏に大阪はシアターセブンで『いずれあなたが〜』上映で来阪されていた大山大さんからも、今度、『生きない』という映画に出演する、監督は蓮田キトさんだ、ということをお聞きして、やはりご縁をいただいた方が監督される作品なら、ここは応援したいな、と思い、『生きない』のクラウドファンディングに協力させてもらった、という経緯である。

そして、東京での上映を受けて、11月11日から一週間、シアターセブンで上映されたのは関西在住の者としてはじつに嬉しい限りだ。

舞台は架空の町、梅州(ばいす)。
(おそらく、Vice「悪徳」をもじっているのかと。あ、監督に訊けばよかったよ)

牛耳っているのは千崎組というヤクザ。
組長は病気で臥せっており、息子のケン(大山大)が実質的なボス。
主人公のタマオ(久獅)はケンの幼馴染みで、何かとケンに目をかけられているが、しがないチンピラである。

ある日、ケンから頼まれた仕事があって、それは街の嫌われ者のヤクザ、キンジロウ(高木勝也)の遺体を処分するというもの。
夜の山中にキンジロウの遺体を捨てに行ったタマオだったが、突然キンジロウは息を吹き返す。

困ったタマオは、とりあえず自宅にキンジロウを匿うが、それはケンに対する裏切り行為でもある。
そんなタマオに対して傍若無人なキンジロウ。
ここに風俗嬢のムツミ(都志見久美子)も加わって、はたしてタマオはキンジロウを隠し通すことができるのだろうか。というお話。

けっきょく、あっさりバレることになる(笑)タマオとキンジロウの運命や如何に。

とにかく、登場人物の個性が強い物語であり、タマオとキンジロウ(無論、男性器を連想させるネーミング。違ってたらどないしょ)、そしてムツミの生活は、逐一笑いを誘うものがあってじつにユニーク。
また、ケンを演じる大山大さんは、『いずれあなたが〜』とはまた違った印象を持つ組長ジュニアを好演。
これら4人のキャラが織りなすドラマは、ユーモアとバイオレンスが巧みに溶け合ったアンサンブルの妙がたまらない。

どん底のような町で、その日その日をただ暮らすタマオが、キンジロウと関わることで、現行の生活から一歩前進しようとする。
それはまた、組長ジュニアという立場で、自分よりもキンジロウを頼る父親への反抗心が生存理由であるケンも、宿敵であるキンジロウと関わることで、彼もまた前進する。

では、キンジロウとは何者か。
自由奔放、気ままな行動で周囲を振り回すが、関わる者を目覚めさせるパワーを持つ。
しかも、一度死んで蘇生するとなれば、これは聖人以外の何物でもない。
白飯とマウンテンデューと煙草を一度に咀嚼するような聖人だが(笑)

一見、粗野でバイオレンスな印象の強い本作だが、本質はじつにポジティブなものがあって、多少投げやり(笑)なラストも、それらを踏まえれば深い味わいを残す快作である。

タイトルの『生きない』についても、様々な解釈ができるもので、これは蓮田監督も舞台挨拶で語っておられたことだが、日本語の持つ魅力がそこにある、と。
これが英語であれば、「生きる」の対義語は「死ぬ」しかないが、日本語には「生きない」という表現もある。
生きていないのか、生きているのをやめるのか、はたまた本作から受けた印象は、これまでの生活はもう「生きない」ということなのかと。
やはりポジティブな意味をそこに見出してしまうのだ。

初日には蓮田キト監督、高木勝也さん、久獅さん、都志見久美子さん、ヤクザの一員を演じられた北代祐太さんらが舞台挨拶に登壇。
ほとんどの方が関西に縁がないというアウェイ感を口にしておられたが、撮影時のエピソードや客席からの質問(蓮田キトさんの名前の由来についても。これは僕もそうだろうな、と思っていたらやっぱりそうだった)もあって、けっこう打ち解けた感じになっていたかと。

そして、2回目鑑賞。
初日の初見は、ただただ作品のパワーに圧倒されていたが、上映期間中にせめてもう一度観たいと思い、しかし仕事終わりに駆けつけるにはかなりタイトなタイムテーブルだったので、とりあえず退社後速攻で十三へ車を走らせた。

普通なら間に合う距離も、夕方のラッシュもあって、けっきょく最初の10数分が始まっていた頃に十三に到着。
既にタマオがキンジロウを匿っているあたりからの鑑賞となった。

やはり2回観ればより物語の細かいところまで理解しやすくなり、初見の時よりもずっと面白く鑑賞することができた。
エンドロールに流れる田中雄一郎さんの「PAIN」がまた胸に沁みてたまらない。

そして、ロビーに蓮田監督の姿をお見かけして初日に続いてお話できたのも嬉しかった。

シアターセブンでの上映も17日まで。
とにかく、熱くて粗野なようで、その実ポジティブで繊細なこの逸品、機会があれば是非ご覧いただきたい。
ビンさん

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