Yoshishun

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 前章のYoshishunのネタバレレビュー・内容・結末

4.2

このレビューはネタバレを含みます

“非日常でどう生きるか”

浅野いにおによる同名原作を映画化した2部作の前編。3年前の超巨大円盤の襲来と米軍による勝手な軍事攻撃により壊滅し復興した東京を舞台に、のほほんと生きるJKらの日常とそこに侵食していく非日常を描いた作品だ。因みに原作は未読であくまで映画単体として評価させていただく。

当たり前だった日常に突如巨大円盤が舞い降りる…しかし、侵略者と思わしき彼等は特に攻撃はしてこない。ここだけ見ればニール・ブロムカンプ監督作『第9地区』のパロディだが、この明らかに異常過ぎる世界であくまで女子高生たちの青春群像劇が展開される。円盤からの明らかに怪しい偵察機は無惨にも撃墜させられるが、普通に市街地に墜落しているのである。そこには当然の如く人々が群がり、駆け付けたマスコミのカメラの前で笑顔とピースを振りまくのだ。自分は巻き込まれさえしなければ、ただの傍観者に過ぎない。そしていつしか、目の前の惨状よりもネット上のうわさ話や陰謀論に踊らされ、不確実な情報に溺れていく。それを門出と凰蘭、周囲の人物を通して赤裸々に炙り出していく。

しかし、中盤で映画は2つの急展開を迎える。仲良しグループの内の1人が偵察機墜落に巻き込まれ死亡、更に門出・凰蘭の衝撃的すぎる小学生時代。前者はそれまで無関係と思われていた異常事態が確かな現実に干渉してきたことで、他人事ではなくなる恐ろしさ。ジャンルは違えど去年の『窓ぎわのトットちゃん』の如く、身近な友人がある日突然、何の前触れもなくいなくなる。一瞬で強烈にズシンと伸し掛かる痛ましき現実。その死を各々の形で受け止める姿にかなりリアルだった。そして後者。物語の根幹を覆す回想シーンであり、無関係どころか前半の違和感を補完する描写の連続で、そこに夜神月×ドラえもんというダークな組み合わせを彷彿とさせる現代の闇をこれでもかと詰め込む。自身の正義感に溺れていき身を破滅させていく残酷さ。侵略者の語りから察するにSF映画にありがちなパラレルワールド設定を想起させるが、現実とSFを上手くリンクさせる構成の巧妙さは浅野先生の手腕によるものと思える。

また、本作はとにかくキャラクターが濃いのが他の映画にはない味付けとなっており、120分まったくない退屈させない要因となっている。特に内気で落ち着きながらもいざという時はやる門出、能天気ながら時に本質をズバズバ見抜く不思議ちゃんの凰蘭という2人組にフォーカスを絞ったことで他の個性の強いキャラクターとの関係性を複雑化させず見易い形にしていたり、俗に言う陰キャ同士の会話のリアルさが際立っていたように思う。2人を演じる幾田りら、あのちゃんは声優が本業でないにしても、彼女らにしか出せない声質により、最早彼女ら以外に適役はいないのではと断言できる。あのちゃんは完全に素の状態とあまり変わらないこともあってか、誰の目から見ても不思議ちゃんだが彼女なりの芯が通っている凰蘭という難役を完璧に演じ切っていた。

本作は5月公開予定の後編を以て完結する。しかもフライヤーによれば、原作とは異なる映画オリジナルの結末を迎えるとのことだ。前編自体が全12巻の最初の3巻に後半の回想を盛り込んだ構成で既に原作の流れをディストラクション(破壊)しているわけだが、敢えて原作未読で臨んだことで、原作の先入観を持たずに、この人類滅亡へのカウントダウンの模様をまざまざと目撃することができる。今いる世界の門出、そして凰蘭は本当はどういう関係性か?何故イソベやんを模した宇宙人は過去には存在したのに現実にはいないのか?劇中で語られた8.32の詳細、門出の父の行方など残された謎も多岐に渡る。また、独特の台詞回しや序盤の如何にもな今どき高校生のノリとテンションからわかるかなりのクセの強さもあるため、一般受けはしないだろう。それでも傑作と名高く映像化最困難とされた同名原作を果敢に映画化したチャレンジ精神は素晴らしく、名だたる才能の結集により今年を代表するアニメーションとして君臨した。種明かしと人類滅亡の配分に若干の不安はあれど、後編も心待ちしたい。なお今はまだ情報を入れたくないので、後編鑑賞後に原作も読んでみようと思う。
Yoshishun

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