こーしんりょー

デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション 後章のこーしんりょーのネタバレレビュー・内容・結末

2.5

このレビューはネタバレを含みます

『天気の子』では僕が現在生活している東京が沈められた。それでも僕は、その結果を招いた少年少女の選択を応援した。それだけの切実さを感じたからだ。そして応援するという行為によって、許しのハードルが下がったことは間違いない。だから僕は東京を沈めた彼らを許した。

同じく東京がより悲惨な形で消滅する本作において、その結果を招く選択をした少女は、もはや観客の応援を求めていない。その選択は前章より以前の段階にすでに終わっていたということがこの後編で明らかになる。東京の消滅は僕が映画を観はじめる以前にすでに確定していたことだったんだ。応援する隙すらありゃしなかった。それでも僕は、彼女を許せるか?
即答はできない。今は判断保留、ということで。



映画としては、二部構成の難しさが露骨に表れた後章だったと思う。
意味深な過去回想らしきシークエンスをクリフハンガーとして興味を強く引き付けた前章に対し、後章ではその意味深の種明かしをしなければいけない。その「語り直し」は単純に退屈な時間だった。
前章と後章で時間が進んでも中心に描いているものは同じという点は面白いと思った。世界はアホらしくて人類は愚かだけど、それでもそこに包含される日常を愛でる。だから後章でも門出とおんたんの二人はあいもかわらずバカしてくれる。それでも後章では世界の危機が間近に迫って「世界はアホらしくて人類は愚か」のボリュームが増えており、そのあたりのバランス感覚は前章の方が好みだった。